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嘘の向こう側  作者: 亀


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第六十九章 本人申告

「本人申告。」


透は、


その四文字を見つめていた。


P―4―003。


照会理由――本人申告。


そして、


兄の所在確認記録。


「本人申告による」。


二つの記録に、


同じ言葉が残っている。


けれど、


それだけだった。


誰が。


何を。


いつ。


どのような方法で。


申告したのか。


そこまでは、


書かれていない。


透は、


まず「本人申告」という言葉を、


古い資料の中から探した。


一件。


二件。


三件。


意外と多かった。


所在確認。


住所変更。


連絡先変更。


本人確認。


業務上の登録変更。


いろいろな場所で、


同じ言葉が使われている。


女が、


資料を眺めながら言った。


「これなら、


兄だけの言葉じゃないね」


「はい」


「普通に使われていた言葉なんだ」


「可能性が高いです」


透は、


「本人申告」という言葉から、


特別な意味を取り除いた。


少なくとも、


言葉そのものだけでは、


特別な意味はない。


重要なのは、


その言葉が、


どの項目に対して使われたのかだった。


住所。


所在。


本人確認。


照会理由。


同じ「本人申告」でも、


対象が違う。


透は、


表を作った。

記録 対象 本人申告

住所変更 住所 あり

連絡先変更 連絡先 あり

P―4―003 照会理由 あり

兄の記録 所在確認 あり


彼は、


その表を見てから、


もう一つ書き加えた。


「同じ言葉でも、同じ行為とは限らない。」


女は、


少し考えていた。


「じゃあ、


兄が自分で『所在確認を不要にしてくれ』って言ったのかも、


まだ分からない?」


「はい」


「誰かが本人の申告として処理した可能性もある?」


「記録だけなら、


排除できません」


彼女は、


しばらく黙った。


以前なら、


ここで二人は、


誰かが記録を操作した可能性を考えていたかもしれない。


けれど、


今は違った。


まず、


記録の作成方法を調べる。


透は、


兄の所在確認記録を拡大した。


所在確認:不要


本人申告による


その下に、


小さな欄がある。


申告受付方法


そこは、


空欄だった。


透は、


その空欄を見つめた。


「これ……」


女が、


顔を近づける。


「受付方法が書かれてない」


「はい」


「窓口だったのか、


電話だったのか、


書面だったのか、


分からない」


「そうです」


「弟が直接来た可能性も?」


「あります」


「誰かが代わりに申告した可能性は?」


透は、


資料の端を指した。


「ここを見てください」


そこには、


小さな注意書きがあった。


「代理申告の場合は、所定の代理確認記録を作成する。」


女は、


すぐに言った。


「じゃあ、


代理だったなら別の記録がある」


「通常は、


そう考えられます」


「その記録を探せばいい」


「はい」


二人は、


代理確認記録を探した。


古いファイル。


紙資料。


電子化された資料。


しかし、


兄の名前に直接つながるものは、


見つからなかった。


「ないね」


「はい」


「じゃあ、


本人が直接申告した?」


透は、


首を横に振った。


「まだ、


そうとは言えません」


「でも、


代理記録がない」


「記録が残っていない可能性もあります」


彼女は、


少し考えてから、


頷いた。


「記録がないことを、


記録がなかった証拠にはしない」


「はい」


それは、


二人が何度も繰り返してきたことだった。


昼過ぎ。


透は、


別の資料を見つけた。


本人申告受付記録一覧。


そこには、


申告者。


受付日。


受付方法。


処理区分。


確認者。


そして、


保存区分。


今まで見た資料より、


項目が多い。


しかし、


兄の記録は、


そこにはなかった。


「じゃあ、


所在確認記録とは別の資料?」


女が聞く。


「その可能性があります」


「でも、


本人申告って書いてある」


「記録が作られた時点で、


元の受付記録と切り離された可能性もあります」


透は、


そこまで書いた。


すると、


女が、


一覧の一番下を指した。


小さな注記。


「簡易処理については、本一覧に記載しない。」


透は、


その文字を読んだ。


「簡易処理……」


「これ、


何?」


「分かりません」


「まただね」


透は、


苦笑した。


「でも、


これは調べられます」


午後。


現在の会社に、


「簡易処理」という言葉について問い合わせた。


担当者は、


しばらく資料を確認した。


「旧制度の言葉ですね」


「どんな処理ですか」


「すべての案件で、


正式な本人申告受付票を作成する必要がなかった時期があります」


「どんな場合ですか」


「定型的な変更や、


本人からの確認が明確な場合などです」


透は、


書いた。


正式な受付票が存在しない場合がある。


「では、


その場合、


本人申告という記録だけ残ることがありますか」


「あります」


透は、


そこで初めて、


兄の記録について、


一つの可能性を具体化できた。


所在確認を不要にする処理が、


正式な受付票を伴わない簡易処理だった可能性。


だが、


それはまだ、


兄の記録がそうだったと証明するものではない。


「簡易処理の記録は、


どこに残りますか」


「処理記録です」


「通常の本人申告一覧とは別?」


「はい」


「現在も確認できますか」


「保存期間内であれば」


透は、


保存期間を聞いた。


担当者が答えた。


兄の記録が作られた時期なら、


まだ保存対象になっている可能性がある。


電話を切る。


女が、


静かに聞いた。


「じゃあ、


あるかもしれない」


「はい」


「弟の記録も?」


「はい」


「探す?」


透は、


少し考えた。


「まず、


処理記録の名称を確認したいです」


「名称?」


「簡易処理にも、


いくつか種類があるかもしれません」


女は、


頷いた。


それから、


古い資料の中を探し始めた。


夕方。


一枚の資料が見つかった。


簡易所在確認処理票


透は、


一瞬、


手を止めた。


項目は、


簡単だった。


対象者。


申告区分。


処理日。


確認方法。


処理担当。


しかし、


個人名は、


書かれていない。


代わりに、


対象者コード。


そして、


処理担当には、


確認者コード。


透は、


その形式を見て、


P―4の資料を思い出した。


「コードだけで処理してる」


女が言った。


「はい」


「じゃあ、


名前を見なくても処理できる?」


「権限があれば、


可能性はあります」


「それなら、


人の記録と仕事の記録が、


また分かれる」


透は、


頷いた。


そして、


対象者コードの形式を見る。


P―4―***ではない。


別の形式だった。


S―**―***


透は、


新しい紙に書いた。


S―系統


そして、


その下。


P―4とは別。


確認者コードは、


K―14。


そこだけが、


以前の記録と重なった。


透は、


K―14を囲んだ。


「確認する人だけ、


同じ」


女が言った。


「そう見えます」


「じゃあ、


K―14が兄の所在確認を処理した?」


透は、


すぐに否定も肯定もしなかった。


「この資料が兄のものだと確認できれば、


その可能性を調べられます」


「まだ、


そこが分からない」


「はい」


彼女は、


S―系統のコードを見つめた。


「これ、


どうやって本人と結びつけるの?」


透は、


資料の下を見た。


そこには、


一つの欄がある。


対象者コード照合先


そして、


記号。


T―2


「また別の管理体系」


女が言った。


透は、


頷いた。


P―4。


S―。


T―2。


そして、


K―14。


一人を確認するためだけに、


複数のコード体系が存在している。


それぞれが、


別の目的で作られている。


だから、


一つの記録だけでは、


全体が見えない。


透は、


そこで、


少しだけ立ち止まった。


「もしかすると……」


女が見る。


「何?」


「弟が見ていたのは、


人そのものじゃなくて、


人に関する記録が、


どう分割されているかだったのかもしれません」


「……」


「でも、


これもまだ仮説です」


女は、


頷いた。


「分かってる」


その夜。


二人は、


S―系統の対象者コードを調べた。


だが、


兄の名前に直接つながる資料は、


見つからなかった。


代わりに、


一件だけ、


気になる記録があった。


S―21―014


申告区分――所在確認不要。


処理理由――本人申告。


確認者コード――K―14。


処理日――兄の所在確認記録と同じ日。


透は、


画面を見た。


女も、


息を止めた。


「これ……」


「似ています」


「兄?」


「まだ、


分かりません」


「でも、


同じ日で、


同じ確認者コード」


「はい」


「対象者コードが違う」


「はい」


「じゃあ、


別人?」


透は、


すぐに答えなかった。


同じ人が、


複数のコードを持つこともある。


別人が、


別々のコードを持つこともある。


コードだけでは、


どちらとも決められない。


透は、


記録の右端を見る。


そこには、


小さな注記があった。


「対象者コードは個人識別情報を直接示さない。」


透は、


静かに紙を置いた。


「やっぱり、


コードだけでは人にならない」


女は、


その言葉を聞いて、


少しだけ笑った。


「じゃあ、


次はT―2?」


透は、


頷いた。


「はい」


P―4から、


S―へ。


S―から、


T―2へ。


しかし、


まだ、


その線の先にいる人間は、


見えていない。


ただ一つだけ。


兄の所在確認と、


別の対象者の所在確認が、


同じ日に、


同じ確認者コードで処理されていた。


それが、


偶然なのか。


同じ業務だったからなのか。


あるいは、


同じ人物が複数のコードで管理されていたのか。


透には、


まだ分からなかった。


だから、


その三つを、


そのまま紙に残した。


同日処理。


同一確認者コード。


異なる対象者コード。


そして、


その下に、


新しい問いを書く。


「同じ人なのか、同じ仕事なのか。」


答えは、


まだなかった。

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