第六十七章 確認する人
「本人確認をした人と、本人を確認された人を、同じ記録で追うな。」
透は、
その一文を何度も読んだ。
意味は、
それほど難しくない。
けれど、
今まで見てきた資料を考えると、
重要だった。
本人確認をした人。
本人確認をされた人。
この二人は、
当然ながら別人である可能性がある。
そして、
記録上も、
別々に残される。
問題は、
どこに残されるのか。
透は、
紙を二つに分けた。
左側。
確認する側
右側。
確認される側
左には、
確認者。
担当区分。
確認経路。
右には、
照会対象。
本人識別情報。
確認結果。
その間に、
一本の矢印を引いた。
確認
これまで、
N―07を追っていた。
R―3を追った。
C―12。
P―4。
しかし、
番号を追うだけでは、
確認する側と、
確認される側を分けられない。
透は、
古い本人確認資料を調べ始めた。
最初の記録。
照会対象――個人。
確認方法――書類照合。
確認日――記載あり。
確認者――空欄。
保存区分――P―4。
次の記録。
確認者――担当区分のみ。
個人名――別管理。
その次。
確認経路――管理室経由。
照会対象――個人識別情報は別管理。
透は、
一つずつ、
線を引いた。
「確認者が書いてない」
女が言った。
「はい」
「でも、
確認した人はいたはずだよね」
「通常は、
そう考えます」
「じゃあ、
どこにいる?」
透は、
資料の下に書いた。
確認者名がない。
その下。
確認者情報が別管理の可能性。
さらに、
記録されていない可能性。
三つ。
決めない。
その時、
女が、
一枚の古い資料を取り出した。
「これもあった」
表題は、
確認者管理区分一覧。
透は、
少し驚いた。
「確認者の資料?」
「たぶん」
中を見る。
項目には、
確認者区分
権限区分
所属
有効期間
個人識別情報
とある。
しかし、
個人識別情報の欄には、
何も書かれていない。
代わりに、
「別表参照」。
透は、
また、
同じ言葉を見た。
別表。
別管理。
別経路。
別記録。
この仕組みでは、
一枚の表に、
すべてを載せない。
だから、
一枚だけを見れば、
必ず何かが欠けている。
「別表は?」
「ない」
女は、
首を横に振った。
「少なくとも、
このファイルには入ってない」
透は、
少し考えた。
「じゃあ、
次は別表を探す」
「どこに?」
「それが問題です」
二人は、
まず資料名を手掛かりにした。
「確認者管理区分一覧」。
現在の会社に、
同じ名前が残っているか問い合わせる。
返事は、
意外と早かった。
「現在は、
その名称では使用していません」
「旧名称ですか」
「はい」
「現在の名称は?」
「権限者管理台帳です」
透は、
書き留めた。
確認者管理区分一覧
↓
権限者管理台帳
名称が変わっている。
しかし、
役割が完全に同じかは、
まだ分からない。
「過去の一覧から、
現在の台帳へ対応していますか」
「一部は対応しています」
「一部?」
「組織変更や権限体系の変更がありますので、
そのまま対応しないものもあります」
透は、
また一つ、
線を引いた。
**旧記録と現在記録は、
一対一ではない。**
それから、
担当者に聞いた。
「旧資料の確認者を調べる場合、
何を見ればいいですか」
「資料によります」
「本人確認の記録なら?」
「確認者コードが残っていれば、
権限者管理台帳と照合します」
透は、
そこで止まった。
「確認者コード?」
「はい」
「古い資料には、
確認者名ではなく、
コードが残っている場合があります」
透は、
すぐに女を見る。
彼女も、
気づいたらしい。
今まで見てきた資料には、
担当者名がなかった。
しかし、
だからといって、
確認者が記録されていなかったとは限らない。
名前の代わりに、
コードが使われていた可能性がある。
「そのコードは、
どんな形式ですか」
「資料によります」
「N―07のようなものですか」
担当者は、
少し間を置いた。
「それとは別です」
透は、
安心した。
少なくとも、
また一つの番号に全部を押し込めずに済む。
「確認者コードが分かれば、
本人を特定できますか」
「権限があれば、
登録情報と照合できます」
「権限がなければ?」
「個人情報なので、
照合できません」
電話を切った。
透は、
新しい欄を作った。
確認者コード
その下。
本人特定情報
そして、
その間に、
照合権限
と書く。
女が、
その紙を見た。
「これ、
前より複雑になってない?」
「はい」
「でも、
少しずつ分かれてきてる」
「そう思います」
「弟も、
こうやって分けてたのかな」
透は、
すぐに答えなかった。
「たぶん、
分ける必要があったんだと思います」
「どうして?」
「人を探すとき、
名前から入ると、
その名前に引っ張られるから」
彼女は、
黙った。
それから、
弟が残した言葉を思い出した。
「名前を聞けば、
名前の方を信じてしまう」
透は、
頷いた。
「だから、
確認する人と、
確認される人を分ける」
「それで、
何が分かるの?」
「少なくとも、
『誰が誰を確認したのか』を、
一つの記録だけで決めなくて済みます」
夕方。
二人は、
古い資料の中から、
確認者コードらしい記号を探した。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
ようやく、
一つ見つかった。
確認者:K―14
その横。
確認日。
照会区分。
保存区分。
P―4。
透は、
K―14を丸で囲んだ。
「これが、
確認した人?」
女が聞く。
「確認者コードの可能性があります」
「じゃあ、
K―14を調べれば……」
「はい」
だが、
透は、
すぐに検索しなかった。
先に、
同じK―14が、
別の資料に出ているかを調べる。
本人確認。
業務確認。
移管確認。
外部照会。
四種類。
K―14が出てきたのは、
本人確認と、
外部照会だけだった。
移管確認には、
ない。
業務確認にも、
ない。
透は、
そこから意味を推測しなかった。
ただ、
記録した。
K―14が現れる資料
・本人確認
・外部照会
現れない資料
・業務確認
・移管確認
女が、
言った。
「この人、
本人確認関係の仕事だったのかな」
「可能性はあります」
「でも?」
「コードが同じだからといって、
担当業務まで同じとは限りません」
「またそれ」
「大事なので」
彼女は、
笑った。
夜。
透は、
K―14の現在対応表を探した。
古い確認者コード。
現在の権限者コード。
対応表。
ところが、
K―14の行だけ、
空欄だった。
変更後コード――空欄。
備考――
「旧権限体系終了」
透は、
その文字を見た。
「終了……」
女が呟く。
「その人、
もういないの?」
透は、
首を横に振った。
「分かりません」
「でも、
権限は終わった」
「はい」
「じゃあ、
人がいなくなったとは限らない」
「その通りです」
権限が終了した。
担当を離れた。
部署が変わった。
会社を辞めた。
あるいは、
単純に権限体系そのものが廃止された。
いくつも可能性がある。
透は、
それらを全部書いた。
そして、
その横に、
一つだけ、
別の記号を書いた。
P―4
K―14。
P―4。
二つは、
同じ本人確認資料に現れている。
しかし、
それだけでは、
K―14が、
P―4を管理していたとは言えない。
ただ、
同じ記録の中に存在している。
透は、
そこで止めた。
すると、
女が、
一枚の古い紙を差し出した。
「これ、
さっき見つけた」
表題はない。
内容も、
ほとんどない。
中央に、
三つの欄だけ。
確認者コード
照会対象コード
照合結果
一行目。
K―14。
その横。
P―4―***。
そして、
照合結果。
「一致」
透は、
息を止めた。
女も、
動かなかった。
しかし、
透は、
すぐに紙の端を見た。
日付。
書かれている。
だが、
確認対象コードの意味は、
まだ分からない。
P―4が、
照会対象者そのものを意味するのか。
個人情報の管理区分なのか。
それとも、
別のコードなのか。
「一致って……」
女が言った。
透は、
ゆっくり答えた。
「何と何が一致したのか、
まだ分かりません」
「でも、
K―14とP―4が、
同じ記録にある」
「はい」
「弟は、
これを見たのかな」
透は、
紙を見つめた。
「それも、
まだ分かりません」
ただ、
一つだけ。
今までと違うものがあった。
初めて、
「確認する側」と、
「確認される側」の間に、
明確な照合記録らしきものが出てきた。
それでも、
人の名前はない。
顔もない。
住所もない。
ただ、
コードと、
「一致」という言葉だけ。
透は、
その下に、
静かに書いた。
「一致したものを、まだ知らない。」
そして、
その紙を、
ほかの資料とは分けて置いた。
今度は、
番号を追うだけでは足りない。
「一致」という結果が、
何を対象に、
誰の判断で、
どの基準によって記録されたのか。
そこを確認しなければならない。
透は、
K―14の横に、
新しい問いを書いた。
「何と何が、一致したのか。」
まだ、
答えはなかった。




