第六十六章 P―4
P―4。
その記号を見つけてから、
透は、
しばらく資料を動かさなかった。
R―3は、
照会回答の管理区分。
C―12は、
その後の管理区分。
そして、
P―4。
個人別照会履歴に関係するらしい。
ただし、
P―4が何を意味するのかは、
まだ分からない。
透は、
紙の上に三つの記号を書いた。
R―3
↓
C―12
その横に、
P―4
そして、
P―4だけを囲んだ。
「ここからだね」
女が言った。
「はい」
「個人別照会履歴がP―4?」
「その可能性があります」
「じゃあ、P―4を探せばいい」
透は、
すぐには頷かなかった。
「まず、P―4が何なのか確認したいです」
「また番号から?」
「今回は、番号そのものではなく、使われ方を見ます」
彼女は、
納得したように頷いた。
二人は、
古い資料を年代順に調べた。
P―4。
最初に見つかったのは、
人事関連の資料だった。
しかし、
内容は違う。
個人情報の保管区分。
次に見つかったものは、
問い合わせ管理。
そこにもP―4がある。
さらに、
外部照会の資料。
そこにも、
P―4。
女が言った。
「同じ番号なのに、いろんなところにある」
「はい」
「じゃあN―07と同じ?」
透は、
少し考えた。
「まだ分かりません」
P―4が、
すべて同じ意味なのか。
それとも、
別の管理体系で、
たまたま同じ番号が使われているのか。
そこを分ける必要がある。
透は、
P―4が出てきた資料の右端に、
それぞれ印をつけた。
人事
照会
外部
三種類。
そのうち、
一つだけ、
見覚えのある形式があった。
「これ……」
彼女が、
一枚の紙を指した。
個人別照会履歴管理表
項目は、
簡単だった。
照会日。
照会区分。
回答日。
保存区分。
P―4。
そして、
最後に、
「個人識別情報:別管理」
透は、
その一行を見た。
また、
「別管理」。
しかし、
今回は、
少し違う。
個人識別情報が、
別管理。
つまり、
この表だけでは、
個人を特定できない。
照会があったこと。
いつ回答したこと。
どの区分で保存したこと。
それは残る。
しかし、
誰についての照会だったのかは、
別の資料にある。
透は、
以前の弟の言葉を思い出した。
「仕事の記録と、人の記録を同じものとして見るな。」
さらに、
もう一つ。
「別々に残るから、後から同じに見える。」
「弟は、
これを見たのかもしれない」
女が言った。
透は、
少しだけ頷いた。
「可能性はあります」
「今までより、近づいた?」
「記録の構造には」
「人には?」
透は、
首を横に振った。
「まだです」
彼女は、
黙った。
その答えに、
不満はなさそうだった。
午後。
透は、
現在の会社に、
P―4について問い合わせた。
「古い個人別照会履歴に、
P―4という区分があります」
担当者は、
しばらく調べた。
「現在は、
その番号は使用していません」
「現在の管理区分は?」
「個人情報を含む照会履歴については、
別の管理体系になっています」
「C―12とは別ですか」
少し間があった。
「はい」
透は、
書いた。
C―12 ≠ P系統
つまり、
R―3からC―12へ移った業務上の照会回答記録と、
個人別照会履歴は、
同じ移管先には入っていない可能性が高い。
「現在、
個人別照会履歴を確認するには?」
「正当な照会理由が必要です」
「誰が確認できますか」
「権限者です」
「権限者の名前は、
通常の資料に残りますか」
「資料によります」
また、
同じ答えだった。
透は、
それ以上、
踏み込まなかった。
電話を切る。
女が言った。
「権限者を探す?」
「まだです」
「どうして?」
「人から入ると、
また同じことになるからです」
「同じこと?」
「名前を見つけて、
その人を線の中心に置いてしまう」
彼女は、
少し考えた。
「じゃあ、
先に管理の仕組み?」
「はい」
透は、
P―4の資料を並べた。
古い管理体系。
移管。
現在の管理体系。
その間に、
一つの記載がある。
「個人識別情報は移管対象外」
透は、
その文字を見て、
眉を寄せた。
「移管対象外……」
「じゃあ、
残ったの?」
「そうとも限りません」
「どういうこと?」
「移管されなかったことと、
保存され続けたことは、
同じではないからです」
彼女は、
黙った。
透は、
さらに資料を探した。
すると、
別の表が見つかった。
旧個人情報管理区分変更表
そこには、
P―4。
変更日。
変更理由。
そして、
変更後区分。
しかし、
変更後区分の欄には、
コードではなく、
一つの言葉だけが書かれていた。
「個別照会管理」
「これ、
現在もある言葉?」
女が聞いた。
「分かりません」
透は、
その資料を拡大した。
下の端に、
小さく注記がある。
「管理主体は別表による。」
また、
別表。
透は、
紙を机に置いた。
「ここまで来ると、
一枚の資料だけでは、
全体が見えないように作られているみたい」
女が言った。
透は、
すぐには否定しなかった。
「そう見えるだけかもしれません」
「どういう意味?」
「それぞれの資料が、
それぞれの目的で作られているなら、
一枚で全部分かる必要はありません」
「結果として、
後から見ると分からない」
「はい」
「それが、
弟が気にしてたこと?」
「それも、
まだ分かりません」
その時、
女が、
突然、
古い封筒を取り出した。
「これ、
まだ見せてなかった」
「何ですか?」
「弟の部屋にあった」
封筒は、
かなり古い。
表には、
何もない。
裏側に、
鉛筆で、
小さく書かれている。
P―4
その下。
「本人確認時のみ」
透は、
封筒を開けた。
中には、
一枚の紙しかなかった。
個人名はない。
住所もない。
写真もない。
ただ、
項目だけが並んでいる。
照会対象
本人確認方法
確認日
確認経路
最後に、
小さな欄。
「照会対象者の特定は別管理」
透は、
その紙を見つめた。
これまで探していたものが、
ようやく一つにつながったようにも見えた。
しかし、
まだ、
人にはつながっていない。
むしろ、
逆だった。
個人を特定する情報が、
意図的に別の線に置かれている。
透は、
封筒を閉じた。
「弟は、
人を探していたんじゃなくて……」
女が言いかける。
透は、
言葉を遮らなかった。
彼女は、
少し考えてから、
続きを言った。
「人が、
どうやって特定されるのかを見ていた?」
透は、
答えなかった。
その可能性はある。
しかし、
断定するには、
まだ材料が足りない。
彼は、
紙に、
新しい線を書いた。
照会
↓
本人確認
↓
個人特定
その三つを、
別々の箱に入れる。
そして、
最後に、
もう一つ。
記録される。
だが、
どこに。
誰が。
いつ。
何を根拠に。
そこまでは、
まだ分からない。
夜。
透は、
封筒を見ながら、
一つのことに気づいた。
P―4の封筒には、
日付がない。
つまり、
これがいつ作られたものなのか、
分からない。
弟が持っていた。
それだけ。
透は、
その事実も、
別に書いた。
「所持者が作成者とは限らない。」
彼女が、
静かに言った。
「弟のものだから、
弟が作ったとは限らない」
「はい」
「じゃあ、
これも証拠としては弱い?」
「証拠というより、
調べる方向を示す資料だと思います」
「方向?」
「P―4という管理区分の中に、
本人確認に関する記録があった」
「それだけ」
「はい」
彼女は、
頷いた。
窓の外は、
もう暗かった。
透は、
最後に、
机の中央へ、
四つの言葉を書いた。
N―07
R―3
C―12
P―4
そして、
その下に、
五つ目。
本人確認
番号は、
人ではない。
管理区分も、
人ではない。
記録も、
人ではない。
それらが、
どこかで人と交わる。
その交わった瞬間だけを、
探す必要がある。
透は、
そう考えた。
だが、
その直後、
P―4の封筒の底から、
もう一枚、
折り畳まれた紙が落ちた。
二人とも、
気づいていなかった。
透が、
拾う。
開く。
そこには、
たった一行だけ書かれていた。
「本人確認をした人と、本人を確認された人を、同じ記録で追うな。」
透は、
その文字を見たまま、
動かなかった。
また、
線が増えた。
そして今度は、
その線の先に、
人がいる可能性があった。




