第六十五章 R―3
R―3。
透は、
その記号を紙の中央に書いた。
N―07とは違う。
数字も、
構造も、
使われていた資料も違う。
だから、
最初から同じものとして扱わない。
その下に、
小さく書いた。
「回答記録保存先」
保存先。
昨日まで調べていた「別管理」と、
少しだけ似ている。
しかし、
ここで重要なのは、
R―3が場所を表しているのか、
管理区分を表しているのか、
それとも単なる記録分類なのか、
まだ分からないことだった。
透は、
まず古い照会記録を年代順に並べた。
一番古いもの。
その次。
さらにその次。
R―3が出ているものだけを抜き出す。
全部で七件。
一件目。
回答記録保存先――R―3。
二件目。
同じくR―3。
三件目。
R―3。
四件目だけ、
別の記号だった。
R―2。
五件目。
R―3。
六件目。
R―4。
七件目。
R―3。
透は、
数字の変化に気づいた。
R―2。
R―3。
R―4。
番号がある。
しかし、
番号だけでは、
何を意味しているのか分からない。
彼女が隣から覗き込む。
「これ、保存場所じゃない?」
「可能性はあります」
「R―3って部屋番号とか?」
「そうかもしれません」
「じゃあ、古い建物を探す?」
透は、
首を横に振った。
「まだ早いです」
「どうして?」
「保存先と書いてありますが、住所とは書いてない」
彼女は、
表を見直した。
「確かに」
「それに、R―2とR―4がある」
「三つの部屋?」
「それも分かりません」
透は、
紙の上に三つの候補を書いた。
場所
管理区分
記録体系
その横に、
第四の候補。
まだ分からない。
彼女が笑う。
「またこれ」
「便利なので」
「便利?」
「勝手に決めないために」
二人は、
R―3の意味を調べる前に、
R―3がどんな場面で使われているのかを見ることにした。
七件の照会記録を並べる。
すると、
一つだけ共通点があった。
どの記録も、
過去の情報について照会している。
ただし、
照会内容は同じではない。
一件目は、
過去の業務担当。
二件目は、
旧窓口名称。
三件目は、
移管日。
四件目は、
個人情報の確認。
五件目は、
業務範囲。
六件目は、
旧記録の保存状況。
七件目は、
確認経路。
透は、
項目を並べた。
「全部、過去の何かを確認してる」
彼女が言った。
「はい」
「でも、同じ資料を見ているとは限らない」
「はい」
「じゃあR―3は?」
「まだ分かりません」
彼女は、
もう何も言わなかった。
午後。
透は、
現在の会社に問い合わせた。
「R―3という古い記号について確認したいのですが」
担当者は、
すぐには答えなかった。
「年代を教えてください」
透が年代を伝える。
「少々お待ちください」
保留音。
しばらくして、
別の担当者につながった。
「R―3についてですが」
「はい」
「現在は使用していません」
透は、
その言葉を聞いた。
「昔は使用していた?」
「そうです」
「何を意味していましたか」
「資料管理上の区分です」
透は、
一瞬、
手を止めた。
場所ではなかった。
少なくとも、
現在確認できる範囲では。
「資料管理上の区分というのは、保存場所ですか」
「必ずしもそうではありません」
「では?」
「照会回答を保存する管理区分です」
透は、
ゆっくり書いた。
R―3=照会回答の管理区分
しかし、
「管理区分」と「保存場所」は違う。
担当者も、
続けた。
「当時の資料では、R―3の下に保存場所を別途記載する場合があります」
「保存場所も記録されていた?」
「場合によります」
「では、R―3だけでは場所は分からない?」
「分かりません」
電話を切った。
透は、
大きく書いた。
R―3 ≠ 保存場所
彼女が、
その文字を見て言った。
「じゃあ、昨日の『別管理』とも違う?」
「たぶん」
「たぶん?」
「別管理が管理主体や記録体系を示す言葉なら、R―3はその中の区分かもしれません」
「同じ階層とは限らない?」
「はい」
透は、
線を引き直した。
以前は、
R―3を一本の線として考えていた。
しかし、
今は、
管理体系の中に、
複数の階層がある可能性が出てきた。
会社
↓
管理体系
↓
資料区分
↓
保存場所
↓
個別記録
それぞれが、
別の情報を持っている。
人は、
そのどこかに記録される。
だが、
人そのものが、
そこに存在するわけではない。
透は、
そこまで書いたところで、
ふと手を止めた。
以前、
弟が書いていた言葉を思い出した。
「仕事の記録と、人の記録を同じものとして見るな。」
今なら、
少し意味が変わって見える。
仕事の記録。
人の記録。
その間に、
管理体系がある。
そして、
管理体系の中に、
照会記録がある。
誰かを探すなら、
人の記録だけを見ても、
見つからない可能性がある。
逆に、
業務記録だけを見ても、
誰が担当していたかは分からない。
彼女が言った。
「弟は、それを調べてたのかな」
透は、
答えなかった。
「分からない?」
「はい」
「でも、可能性は高そう」
「可能性としてはあります」
彼女は、
それ以上言わなかった。
夕方。
古い資料の中から、
一枚の対応表が見つかった。
タイトルは、
「旧管理区分対応表」
透は、
思わず姿勢を正した。
左側。
旧区分。
右側。
新区分。
R―2。
R―3。
R―4。
その横に、
現在の区分コードが並んでいる。
R―3の行だけ、
少し変わっていた。
旧区分――R―3。
新区分――C―12。
さらに、
備考。
「照会回答記録の管理方法変更に伴う移行」
透は、
その文字を見た。
「C―12……」
彼女が呟く。
「現在の番号?」
「かもしれません」
「調べられる?」
「はい」
透は、
現在の資料を探した。
C―12。
すると、
現在の資料にも、
同じコードが出てきた。
ただし、
名称が違う。
「過去照会回答管理」
透は、
R―3とC―12を線で結んだ。
しかし、
その線の横に、
注意書きを加える。
「管理区分の継続を示す。個人の継続は示さない。」
番号が変わった。
しかし、
記録の役割は、
ある程度引き継がれている。
これは、
今まで見てきたN―07とは少し違う。
N―07は、
同じ番号が別の業務に現れていた。
R―3は、
番号が変わっても、
管理区分としての役割が引き継がれている。
透は、
その違いを書いた。
番号が同じでも、同じ意味とは限らない。
番号が変わっても、関係が切れるとは限らない。
その二つは、
弟の言葉とも重なっていた。
夜。
彼女が、
古い資料をもう一度見た。
「ねえ」
「はい」
「このC―12って、今の資料にもあるんだよね」
「あります」
「じゃあ、そこを調べれば……」
透は、
頷いた。
「次に確認する価値はあります」
「人が分かる?」
「分かるとは限りません」
「分からないか」
「ただ、R―3からC―12に移った記録が、どこまで残っているかは確認できます」
彼女は、
少し考えた。
「それなら、やってみよう」
透も、
資料を閉じた。
しかし、
その直前。
一枚だけ、
別の紙が落ちた。
二人とも気づかなかった紙だった。
透が拾う。
裏面しか見えない。
表に返す。
そこには、
短い記載があった。
「C―12移行対象外:個人別照会履歴」
透は、
動かなかった。
彼女も、
黙った。
C―12へ移ったのは、
照会回答の管理区分。
しかし、
個人別照会履歴は、
対象外。
つまり、
業務の記録と、
個人に紐づく照会履歴は、
同じ場所へ移っていない可能性がある。
透は、
紙を机に置いた。
「……また、分かれています」
彼女が言った。
「はい」
「じゃあ、個人別照会履歴は?」
透は、
答えなかった。
その場所を示す記載は、
この紙にはなかった。
ただ、
下の欄に、
一つだけ、
古い記号が残っていた。
P―4
透は、
その記号を見つめた。
R―3。
C―12。
そして、
P―4。
三つの記号。
三つの管理線。
まだ、
人にはつながらない。
けれど、
弟が追っていた可能性のあるものが、
少しずつ、
一つの構造の中に姿を現し始めていた。




