第六十四章 線の交わる場所
翌日。
透は、
五枚の紙を机の上に並べた。
業務。
人。
記録。
移管。
確認。
昨日までは、
それぞれを別々に見ていた。
今日は、
その五つが、
どこで交わるのかを見ようとしていた。
最初に、
「業務」の紙を見る。
外部情報確認業務。
その下に、
窓口名。
確認方法。
引継ぎ元。
引継ぎ先。
次に、
「人」。
担当者。
確認者。
旧担当者。
現在担当者。
そして、
「記録」。
業務記録。
個人記録。
照会記録。
保存記録。
透は、
そこまで書いて、
手を止めた。
「人」の紙だけ、
空欄が多かった。
担当者名が、
ほとんど残っていない。
しかし、
業務の紙には、
仕事が残っている。
記録の紙には、
番号が残っている。
移管の紙には、
日付が残っている。
確認の紙には、
経路が残っている。
人だけが、
ところどころ抜けていた。
だが、
それは、
誰かが意図的に消したという意味ではない。
担当者一覧が、
別管理だった可能性もある。
透は、
「人」の紙の上に、
小さく書いた。
「別管理?」
その日の午後。
女が来た。
彼女は、
古い資料を一つ持っていた。
「これ、弟のパソコンからじゃない」
「どこからですか」
「前の会社の資料」
透は、
受け取らずに、
まず表紙を見た。
業務移管確認記録
その下に、
年月日。
そして、
小さく、
「関係資料別添」
と書かれている。
「別添って?」
「まだ見てない」
彼女は、
封筒を開いた。
中には、
三枚の紙があった。
一枚目。
業務移管確認。
二枚目。
旧記録確認。
三枚目。
照会経路確認。
三枚目を見た瞬間、
透は、
少しだけ姿勢を正した。
項目に、
こうある。
照会元
照会先
照会方法
回答記録
そして、
一番下。
個人情報を含む場合は、別経路による照会とする。
透は、
その一文を読んだ。
「別経路」
また、
同じ言葉だった。
「別管理」
「別経路」
「別記録」。
しかし、
それぞれが同じ意味だとは限らない。
彼女も、
そのことに気づいたらしい。
「別っていう言葉ばかり出てくるね」
「はい」
「でも、全部別のものかもしれない」
「そう思います」
彼女は、
三枚目の続きを見た。
照会先の欄には、
部署名がある。
だが、
個人名はない。
透は、
一枚目を見る。
そこには、
担当区分だけが書かれていた。
二枚目には、
確認者欄が空欄。
三枚目には、
照会先の部署名。
三つを並べる。
透は、
線を引いた。
業務移管。
↓
旧記録確認。
↓
照会経路。
しかし、
その線は、
人にはつながらない。
「弟は、
これを見ていたのかな」
彼女が言った。
「分かりません」
「でも、ここまで似てると……」
「似ていることと、同じことは別です」
透が言うと、
彼女は、
少し笑った。
「そうだった」
それから、
三枚目の裏側をめくった。
何もない。
と思った。
しかし、
端に、
薄い鉛筆の跡があった。
透が近づいて見る。
文字だった。
「照会先を見ても、人は分からない。」
その下に、
もう一行。
「照会した人間を見るなら、別の記録。」
透は、
その言葉を見つめた。
「別の記録……」
彼女が呟く。
「個人記録?」
「可能性はあります」
「でも、どこにある?」
透は、
答えなかった。
それが、
今の問いだった。
彼女は、
資料をめくりながら言った。
「弟は、ずっと人を探してたと思ってた」
「僕も最初はそう思っていました」
「でも違うのかな」
透は、
少し考えた。
「人を探していた可能性は、残っています」
「うん」
「ただ、それだけじゃないかもしれません」
「記録の中で、人がどう扱われるかを調べていた」
「それも可能性です」
「どっち?」
「まだ分かりません」
彼女は、
それ以上聞かなかった。
夕方。
二人は、
以前の会社資料を整理した。
「照会記録」という名前のフォルダがあった。
中には、
古い問い合わせ票が並んでいる。
日付。
照会内容。
回答。
処理区分。
そのほとんどに、
担当者名はなかった。
しかし、
一部だけ、
最後に番号が付いている。
N―07。
透は、
一枚を取り出した。
照会内容は、
「過去の外部確認業務について」。
回答欄には、
「旧記録を確認」
とだけある。
誰が確認したのかは、
書かれていない。
確認経路は、
「管理室経由」。
透は、
昨日の資料と並べた。
同じ言葉。
同じ番号。
だが、
同じ出来事とは限らない。
透は、
日付を確認した。
一枚目は、
会社を辞める六日前。
二枚目は、
会社を辞める三日前。
三日。
その間に、
旧記録確認表がある。
彼女が、
日付を指した。
「弟が会社を辞める直前だね」
「はい」
「これ、何か関係あるのかな」
透は、
資料を見た。
「関係している可能性はあります」
「でも?」
「順番だけでは、理由は分かりません」
彼女は、
頷いた。
その時、
透の携帯が鳴った。
白石だった。
「はい」
『古い照会記録を見ているのか』
「はい」
『N―07が出ているか』
「出ています」
少し沈黙があった。
『その記録だけで、誰が照会したか分かると思わない方がいい』
「なぜですか」
『昔は、照会を受けた側が処理番号を付けることもあった』
「照会した側の番号ではない?」
『そうだ』
透は、
すぐに書いた。
処理番号 ≠ 照会者番号
白石が続ける。
『それから、管理室経由という言葉も、人間を示すものではない』
「経路ですか」
『そう』
「管理室を通った記録?」
『そういう場合もある』
「他には?」
白石は、
少し考えてから答えた。
『管理室の記録を参照して回答した、という意味で使うこともあった』
透は、
紙に書いた。
管理室経由
① 管理室を通った
② 管理室の記録を参照した
他にも、
意味があるかもしれない。
『昔の資料は、同じ言葉を同じ意味で使っていたとは限らない』
白石は、
そう言った。
「では、N―07も?」
『同じだ』
「管理室経由も?」
『同じだ』
透は、
そこで質問を止めた。
電話を切ったあと、
彼女が聞いた。
「白石さん、何か知ってた?」
「知っていることはあります」
「でも、全部じゃない」
「はい」
彼女は、
机の上を見た。
「それなら、次は何を調べる?」
透は、
五枚の紙をもう一度並べた。
業務。
人。
記録。
移管。
確認。
その中央に、
新しい紙を置いた。
照会。
「これです」
「照会?」
「今まで、確認と照会を同じように見ていました」
「違うの?」
「分かりません。でも、資料上は分かれている」
彼女は、
一枚目を見る。
業務移管確認。
二枚目。
旧記録確認。
三枚目。
照会経路確認。
そして、
四枚目。
照会記録。
透は、
その四つを順番に並べた。
確認する。
照会する。
回答する。
記録する。
それぞれに、
別の記録がある。
その時、
彼女が、
小さく声を上げた。
「これ……」
古い照会記録の最後のページ。
そこに、
小さな欄があった。
回答記録保存先
その欄には、
場所ではなく、
記号が書かれていた。
R―3
透は、
N―07の横に、
R―3を書いた。
「これ、何?」
「分かりません」
「また?」
「はい」
彼女は、
少し黙ったあと、
笑った。
「分からないことが増えてるね」
透も、
少しだけ笑った。
「でも、前とは違います」
「どう違う?」
透は、
紙を指した。
「前は、分からないものを一つにまとめていました」
「今は?」
「分からないものを、分けています」
N―07。
R―3。
管理室経由。
別管理。
別経路。
それぞれ、
まだ意味は確定していない。
しかし、
少なくとも、
一つの線に無理やりつなぐ必要はなくなった。
透は、
R―3の横に、
一つだけ書いた。
「これは何の線か。」
そして、
資料を閉じた。
次に追うべきものは、
人ではなかった。
番号でもない。
場所でもない。
その記録が、
どの経路を通って、
どこに回答されたのか。
そこに、
別の線がある。
その線が、
どこかで誰かの記録と交わっているのか。
それとも、
交わっていないのか。
まだ、
分からなかった。




