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嘘の向こう側  作者: 亀


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第六十一章 別の記録

翌朝。


透は、


昨日作った五つの箱を机の上に並べた。


業務資料


個人資料


外部連絡資料


移管資料


N―07関連資料


これまで見つかったものを、


一つずつ分けていく。


移管表は、


移管資料。


外部窓口の名称が書かれた紙は、


外部連絡資料。


担当者名が記載されている古い表は、


個人資料に近い。


N―07について書かれたものは、


N―07関連資料。


ただ、


完全に一つだけに分類できないものもある。


古い封筒。


仕事上の名前。


N―07。


引継ぎ後も変更しない。


これは、


業務にも、


名称にも、


N―07にも関係している。


透は、


その封筒をどこか一つに入れることをやめた。


机の中央に置く。


「一つの資料が、一つの意味だけを持つとは限らない」


そう書いた。


それから、


昨日の最後の問いを見た。


別管理されていた記録が、どこへ移されたのか。


まず、


個人資料の移管について調べることにした。


業務の移管資料には、


「担当者名は記載しない」


と書かれていた。


ならば、


担当者についての記録は、


別の管理体系にある。


透は、


現在の会社が公開している規程を探した。


人事情報。


個人情報。


業務担当。


異動記録。


どれも、


別々の規程だった。


そして、


一つの規程に、


気になる一文があった。


「業務移管に伴う個人情報の移転については、別途定める。」


透は、


その一文を保存した。


「別途」。


つまり、


移管表だけでは、


個人情報の移動を確認できない。


別の資料が存在する可能性がある。


しかし、


その資料が公開されているとは限らない。


透は、


以前の会社名を使って検索した。


すると、


古い社内規程の断片が見つかった。


そこには、


さらに具体的に、


こう書かれていた。


「担当者情報は業務記録とは分離して管理する。」


透は、


椅子に背を預けた。


弟が書いていた言葉と、


ほとんど同じだった。


仕事の記録。


人の記録。


最初から、


別々に管理されていた。


だから、


後から記録だけを見れば、


同じ人間がずっと仕事を続けていたようにも見える。


逆に、


担当者の記録だけを見れば、


人が変わったことは分かっても、


仕事がどう移ったのかは分からない。


透は、


紙に二本の線を書いた。


一本目。


業務の流れ


二本目。


人の流れ


その二本は、


途中で交差する。


だが、


最初から最後まで同じ線ではない。


「これなら……」


透は、


小さく呟いた。


弟が、


人ではなく仕事を追っていた理由も、


少し分かる気がした。


人を追えば、


担当者の記録を見ることになる。


しかし、


担当者の記録だけでは、


その人が何を引き継いだのか分からない。


だから、


まず仕事を見る。


仕事の移動を確認してから、


必要なら人の記録と照合する。


順番が違う。


透は、


その順番を書いた。


仕事


↓


移管


↓


記録


↓


必要なら人


そして、


「必要なら」の部分を丸で囲んだ。


人を最初に置かない。


それが、


今の透には重要だった。


昼過ぎ。


女から電話が来た。


「こっちでも少し見つかった」


「何ですか」


「弟が会社を辞める前に使っていたパソコンの古いフォルダ」


「開けましたか」


「一部だけ」


「何がありました?」


「ファイル名だけ残ってる」


「どんな名前?」


女が読み上げた。


「『担当者一覧』」


透は、


すぐに紙を取った。


「中身は?」


「開けない」


「削除された?」


「分からない。ファイルが壊れてるみたい」


「日付は?」


「最後に更新されたのは、会社を辞める五日前」


透は、


日付を書いた。


「他には?」


「『業務移管一覧』」


透は、


息を止めた。


「それは開けますか」


「開ける」


「何が書いてある?」


女は、


少し黙ってから言った。


「会社名じゃない」


「また?」


「うん」


「じゃあ、何?」


「系統名」


透は、


昨日の移管表を思い出した。


第七管理系統


外部確認系統


「具体的には?」


女が読み上げる。


「旧系統」


「新系統」


「移管日」


「対象業務」


「確認方法」


そして、


最後に、


「旧記録の扱い」


透は、


すぐに聞いた。


「旧記録の扱いは?」


「『分離保存』」


透の手が止まった。


「それだけ?」


「うん」


「担当者については?」


「書いてない」


「N―07は?」


「ある」


「どこに?」


「旧系統の番号として書かれてる」


透は、


しばらく黙っていた。


旧系統。


N―07。


新系統。


外部確認。


旧記録は、


分離保存。


つまり、


業務は移った。


しかし、


旧記録は、


同じ場所には移されなかった。


それなら、


今まで探していた資料が見つからなかった理由も、


少しだけ見えてくる。


「そのファイル、保存できますか」


「できる」


「日付も一緒に残してください」


「分かった」


電話を切った。


透は、


紙に書いた。


業務 → 新系統


旧記録 → 分離保存


そして、


その下。


担当者 → 別管理


三つの行ができた。


業務。


旧記録。


人。


それぞれが、


別の場所へ行っている。


透は、


それぞれの行き先を囲んだ。


まだ、


具体的な場所は分からない。


しかし、


少なくとも、


一つの場所を探し続ける必要はなくなった。


その日の夕方。


透は、


以前話を聞いた元社員に電話をした。


「昔の『分離保存』について知っていますか」


「聞いたことはあります」


「どこに保存するんですか」


「資料の種類によります」


「担当者情報は?」


「それは人事側」


「外部窓口の記録は?」


「業務側」


「でも、旧記録として分離保存された場合は?」


元社員は、


しばらく考えた。


「管理部門に回ったと思います」


「どの管理部門?」


「その時期によって違います」


「会社が変わった後は?」


「そこまでは分からない」


透は、


また一つ、


「分からない」を記録した。


すると元社員が、


ふと思い出したように言った。


「ただ」


「はい」


「昔、移管するときに、資料を三つに分けていたことがあります」


透はペンを止めた。


「三つ?」


「業務継続用」


「保存用」


「確認用」


「確認用?」


「後から何かあった時に、どこから来た資料か確認するためのものです」


透は、


その言葉を書いた。


確認用


「それは、誰が見るんですか」


「必要になった人でしょうね」


「誰でも?」


「いや、権限がある人だけ」


透は、


N―07を思い出した。


権限。


確認。


移管。


そして、


旧管理室。


「確認用資料にも、N―07はありましたか」


「そこまでは覚えていません」


元社員は答えた。


「ただ、番号は書かれていたと思います」


透は、


電話を切った。


机の上を見る。


五つの箱。


そのうち、


N―07関連資料だけが、


まだ多すぎる。


番号。


記録。


移管。


確認。


それぞれに出てくる。


透は、


その箱を二つに分けた。


N―07:番号


N―07:運用


そして、


「番号」の方には、


まだ何も入れなかった。


「運用」の方には、


移管資料。


確認記録。


古い管理室の資料。


いくつか入った。


つまり、


弟が見ていた可能性があるのは、


番号そのものではなく、


番号がどの場面で使われていたかだった。


夜。


女から、


新しい写真が届いた。


「これ、さっきのフォルダの中にあった」


画像には、


一枚の古い表が映っていた。


上には、


旧記録確認表


とある。


項目は、


移管元


保存先


確認日


確認者


その下に、


一つの記録。


移管元――第七管理系統。


保存先――別管理。


確認日――弟が会社を辞める三日前。


確認者――空欄。


そして、


右下。


N―07


透は、


画面を見たまま、


しばらく動かなかった。


確認者が空欄なのに、


確認日はある。


つまり、


誰かが確認したのか。


システム上の日付だけが記録されたのか。


それとも、


別の確認記録があるのか。


まだ分からない。


ただ、


弟が会社を辞める三日前。


あの時期に、


旧記録の確認が行われていた。


透は、


女に聞いた。


「この確認表、弟さんが作ったものですか?」


「分からない」


「確認者の欄は、最初から空欄?」


「それも分からない」


透は、


そこで質問を止めた。


以前なら、


もっと聞いていただろう。


誰が確認したのか。


なぜ空欄なのか。


N―07は何なのか。


しかし、


今は違う。


空欄は、


空欄のまま残す。


それ自体が、


記録だからだ。


透は、


最後に一行を書いた。


「確認日があることと、確認者が分かることは別。」


そして、


その下に、


もう一行。


「空欄は、答えではない。」


机の上には、


また一つ、


新しい資料が増えた。


しかし、


人の名前は一つも増えていない。


それでも、


少しずつ、


弟が何を見ていたのかは見えてきた。


人ではなく、


記録の流れ。


名前ではなく、


名前が置かれる場所。


番号ではなく、


番号が使われる場面。


そして、


引継ぎそのもの。


透は、


古い資料を閉じた。


次に見るべきものは、


「別管理」と書かれた場所だった。


だが、


その言葉だけでは、


まだ場所を特定できない。


会社の中か。


外部の管理会社か。


別の法人か。


あるいは、


電子化された別の記録体系か。


透は、


新しい紙を一枚取り出した。


そこに、


大きく書いた。


別管理とは、どこか。


その下に、


四つの可能性を並べた。


同じ会社・別部署


別会社


外部委託


別の記録体系


そして、


最後に、


もう一つ。


まだ分からない。


透は、


その五つ目にも丸をつけた。


今は、


それが一番必要だった。

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