第五十九章 同じ番号
透は、
N―07は、移管する側にも、受け取る側にも出てくる。
という一文を、
しばらく見つめていた。
番号だけなら、
それほど珍しいことではない。
部署番号。
案件番号。
管理番号。
資料番号。
業務分類。
いくらでも考えられる。
問題は、
同じ番号が、
違う時期の記録に残っていることだった。
透は古い資料を一つずつ並べた。
最初の記録。
N―07。
次の移管資料。
N―07。
現在の資料。
N―07。
だが、
その横に書かれている項目は、
少しずつ違っていた。
最初の資料では、
所在確認
次の資料では、
外部確認窓口
現在の資料では、
移管確認
だった。
透は、
すぐには線を引かなかった。
同じ番号。
違う項目。
それなら、
同じ意味とは限らない。
ただ、
完全な偶然とも決められない。
透は紙を一枚取り出した。
中央に、
N―07
と書く。
その周囲に、
三つの箱を置いた。
所在確認
外部確認窓口
移管確認
そして、
三つの箱を線で結ばなかった。
「同じ番号だから同じ仕事」
とは書かない。
「違う項目だから別物」
とも書かない。
その間を、
空白のまま残した。
翌朝。
透は女に電話した。
「N―07について、もう一度確認したいことがあります」
「何?」
「弟さんのノートに、N―07は他にも出ていますか」
「探してみる」
少しして、
女から画像が届いた。
古いノートの一ページだった。
中央に、
大きく、
N―07
その下に、
三つの言葉。
受付
確認
引継ぎ
透は画面を拡大した。
「これは弟さんの字?」
「うん」
「日付は?」
「ない」
「前後のページは?」
「前のページは破れてる。後ろは仕事の予定が書いてある」
透は、
「受付、確認、引継ぎ」
という三つの言葉を紙に書いた。
すると、
昨日の資料と重なった。
受付。
確認。
引継ぎ。
ただし、
同じN―07が使われているからといって、
三つが同じ業務だとは限らない。
一つの分類番号が、
複数の関連業務に使われている可能性もある。
「弟さんは、このページに何か印をつけていますか」
「右側に小さな丸がある」
「他には?」
「何もない」
「じゃあ、その丸は何を意味するか分からないですね」
「うん」
女は少し黙ってから言った。
「でも、これだけは分かる」
「何ですか」
「弟は、N―07を人の名前として書いていない」
透は、
その言葉を聞いて、
少し考えた。
確かにそうだった。
名前の横に書かれている時もある。
仕事の記録に出てくる時もある。
移管確認にも出てくる。
番号そのものが、
誰か一人を指しているとは限らない。
「そうですね」
透は答えた。
「だから、番号から人を探すのは一度やめましょう」
「うん」
電話を切った。
その日の午後。
透は、
以前話を聞いた元社員のところへ行った。
「N―07について、もう一度教えてください」
元社員は、
紙を見ながら答えた。
「昔の番号ですね」
「どんな番号でしたか」
「業務を分類する番号です」
「一つの仕事だけですか」
「それは分かりません」
「じゃあ、同じ番号が別の業務に出ることも?」
「ありました」
透は少し驚いた。
「ありました?」
「番号の体系が変わることもあったので」
「どういう意味ですか」
「昔のN―07が、今のN―07と同じ意味だとは限らない」
透は、
昨日白石から聞いた言葉を思い出した。
昔と今。
同じ名前。
違う仕事。
「番号の変更記録はありますか」
「会社にはあったと思います」
「どこにありますか」
「それは分かりません」
「移管資料には?」
「全部は入っていないでしょう」
透は書いた。
番号体系も移管されるとは限らない。
元社員は、
しばらく考えてから言った。
「ただ、昔のN―07と今のN―07を見比べるなら、番号そのものより、その横に何が書いてあるかを見た方がいい」
透は顔を上げた。
「なぜですか」
「番号だけ残っていても、意味は変わるからです」
それは、
今まで何度も出てきたことと同じだった。
名前。
窓口。
記録。
番号。
何かが残っていても、
その意味まで一緒に残るとは限らない。
帰り道。
透は、
新しい紙を取り出した。
そこには、
こう書いた。
残るもの
その下に、
・名前
・番号
・仕事
・記録
・場所
そして、
一番下に、
意味
と書いた。
意味だけには、
まだ何も印をつけなかった。
夜。
女からメッセージが届いた。
弟の古いメールをもう一つ見つけた。
透は開いた。
短い文章だった。
「番号が同じだから、同じものだと思うな。」
その下に、
「番号が変わったから、別のものだとも限らない。」
透は、
思わず手を止めた。
以前、
弟は、
名前について似たことを書いていた。
「名前が同じなら、人も同じだと思うな。」
「名前が違っても、人が違うとは限らない。」
今度は、
番号について同じ構造を書いている。
透は、
それを見てすぐに、
「弟はN―07の正体を知っていた」
とは考えなかった。
知っていたから書いたのか。
調べている途中で書いたのか。
誰かから聞いたのか。
自分で考えたのか。
それも分からない。
ただ、
一つだけ、
はっきりしたことがある。
弟は、
番号を答えとして見ていなかった。
番号を、
問いとして見ていた。
透は女に返信した。
そのメールの日付は?
返事が来るまで、
少し時間がかかった。
会社を辞める二週間前。
透は、
その日付を書いた。
そして、
その横に、
別の日付を書く。
以前見つかった、
N―07に関する移管資料の日付。
二つの日付の間には、
約一年の差があった。
弟が会社を辞める前に、
その業務はすでに何度か移管されていた。
つまり、
弟が見ていたのは、
自分が働いていた時期だけではなかった可能性がある。
過去の移管。
現在の業務。
残された記録。
その間にある、
番号の変化。
透は、
もう一度、
「引継ぎ先」
という言葉を見た。
そして、
その横に、
「引継ぎ元」。
さらに、
その下に、
新しい言葉を加えた。
移管理由
今まで、
そこを見ていなかった。
何が移ったのか。
どこへ移ったのか。
それだけを追っていた。
しかし、
なぜ移したのか。
なぜその仕事だけが移ったのか。
なぜ名前を残したのか。
なぜ記録の一部だけが残ったのか。
理由が分かれば、
別のものが見えてくるかもしれない。
ただし、
理由については、
もっと慎重に扱う必要がある。
資料に書かれている理由と、
実際に現場で起きたことは、
同じとは限らない。
透は、
「移管理由」
の下に、
小さく、
記載上
と書いた。
その横には、
実際の理由――不明
と書いた。
そこまで書いたところで、
スマートフォンが鳴った。
白石からだった。
「N―07について聞いたそうだね」
「はい」
「昔の番号体系を調べているのか」
「はい」
「一つだけ言っておく」
透は待った。
「N―07は、最初から一つの意味を持った番号ではない」
透は、
ペンを持ったまま黙った。
「時期によって使われ方が違う」
「では、移管資料に残っているN―07も?」
「同じとは限らない」
「あなたは、どこまで知っていますか」
白石は少し黙った。
「私が直接見たのは、古い管理室で使われていた時期までだ」
「その後は?」
「聞いた話しか知らない」
「誰から聞いたんですか」
「それは覚えている」
透は待った。
「ただ、その人が今も同じ仕事をしているかは知らない」
透は、
その答えを記録した。
白石は続けた。
「だから、私の話を現在の事実として使わない方がいい」
「分かりました」
「それから」
「はい」
「弟さんがN―07を調べていたなら、番号の意味より、番号が変わった時に何が一緒に変わらなかったかを見るといい」
電話が切れた。
透は、
机の上の紙を見た。
番号
その下に、
変わったもの
変わらなかったもの
と二つの欄を作った。
変わったもの。
業務名。
担当部署。
保存形式。
会社。
変わらなかったもの。
まだ、
書けない。
名前かもしれない。
仕事かもしれない。
外部窓口かもしれない。
あるいは、
何も変わらなかったわけではなく、
ただ同じように見えているだけかもしれない。
透は、
空欄をそのまま残した。
そして、
紙の一番下に、
一行だけ書いた。
「同じものを探すのではなく、変わらなかったものを確認する。」
その時、
女から新しいメッセージが届いた。
移管表を見つけた。
透は画面を見つめた。
続けて、
もう一通。
でも、そこに書いてあるのは会社名じゃない。
透は返信欄を開いた。
何が書いてある?
しばらくして、
写真が届いた。
表の中央に、
こう書かれていた。
引継ぎ元:第七管理系統
引継ぎ先:外部確認系統
そして、
その下に、
小さく一行。
「担当者名は記載しない」
透は、
しばらく画面から目を離せなかった。
人の名前がない。
会社の名前もない。
あるのは、
仕事の系統だけだった。
そして右下には、
小さく、
N―07
と書かれていた。




