第五十八章 保管されていたもの
翌朝。
透は、前日に見つけた住所をもう一度確認した。
旧資料保管室。
現在の会社が公開している資料には、
そう書かれていた。
ただし、
それが現在も同じ用途で使われているかは分からない。
地図を見ると、
その場所は現在の本社から少し離れていた。
駅から歩いて二十分ほど。
周囲には、
古い倉庫と小さな事業所がいくつか並んでいる。
透は住所だけを紙に書いた。
そして、
もう一枚の紙に、
行く前に確認すること
と書いた。
・現在も使用されているか。
・何を保管しているか。
・誰が管理しているか。
・旧資料が残っているか。
・外部から閲覧できるか。
最後の項目を書いたところで、
透はペンを止めた。
「閲覧できるか」
と、
「見せてもらえるか」
は違う。
だから、
その二つを分けて書いた。
昼前。
透は現在の会社に電話した。
代表番号から、
資料保管について問い合わせる。
「以前の業務移管資料について確認したいのですが」
電話の向こうで、
担当者が尋ねた。
「どのような資料でしょうか」
「外部確認窓口に関する旧記録です」
少し間があった。
「旧記録というのは、どの時期のものでしょうか」
透は、
分かる範囲で年代を伝えた。
すると、
担当者は言った。
「その資料については、こちらでは確認できないかもしれません」
「保管場所はありますか」
「以前は別の部署で保管していたものがあります」
「現在もありますか」
「保存期間が終了しているものもあります」
やはり、
記録は一つの場所にまとまっているわけではない。
「では、旧資料保管室という場所については?」
「その名称は、現在は使っていません」
透はメモした。
旧資料保管室――現在は名称変更
「現在の管理部署は分かりますか」
「少々お待ちください」
保留音が流れた。
数十秒後、
別の担当者が出た。
「資料管理についてですね」
「はい」
「以前の資料については、現在の総務管理部門が担当しています」
「資料はどこにありますか」
「種類によります」
「外部確認窓口の記録は?」
「確認してみないと分かりません」
透はそこで、
具体的な資料名を伝えた。
相手は、
「少々お待ちください」
と言った。
今度は、
かなり長かった。
やがて、
「一部については、保存されている可能性があります」
という返事が来た。
「どこにありますか」
「現在は電子保存になっているものが多いです」
「紙の資料は?」
「古いものについては、外部保管になっている場合があります」
透は住所を聞いた。
だが、
先ほど調べた住所とは違っていた。
「その住所は、以前の保管室ですか」
「以前の場所については、こちらでは案内できません」
「現在の保管場所は?」
「資料の種類によって異なります」
結局、
具体的な場所までは教えてもらえなかった。
電話を切る。
透は、
最初の紙に書いた。
旧保管室――現在の用途不明
現在の資料――複数箇所に分散
それから、
女に連絡した。
「保管室について、少し分かりました」
「何かあった?」
「今は同じ名前では使われていません」
「じゃあ、場所は?」
「旧住所は分かっています。でも、現在の保管場所は別です」
「記録は残っている?」
「一部は残っている可能性があります」
「一部……」
女が小さく言った。
「また、一部なんだね」
「はい」
電話の向こうで、
少し沈黙があった。
「弟も、それを知っていたのかもしれない」
「どうしてそう思いますか」
「ノートに書いてあったから」
「何と?」
「『全部を見る必要はない』」
透は黙った。
「続きがあります」
「聞かせてください」
「『一つの記録が、何を引き継いで、何を引き継がなかったかを見る』」
透はその言葉を書き留めた。
昨日見つけた、
「引継ぎ先は、受け取ったものをそのまま持っているとは限らない」
という文章と、
よく似ている。
「そのノート、いつ頃のものですか」
「日付はない」
「じゃあ、前後関係は?」
「分からない」
透は、
そこまでで止めた。
また、
分からない。
しかし、
以前のように不安にはならなかった。
分からないなら、
分からないまま置いておけばいい。
今は、
それができる。
「今日は、旧保管室の住所だけ確認してきます」
「行くの?」
「はい」
「何か見つかるかな」
「分かりません」
女が少し笑った。
「最近、そればかりだね」
「そうですね」
「でも、前よりいい」
透は何も言わなかった。
電話を切って、
午後、
旧保管室へ向かった。
建物は、
思っていたより小さかった。
三階建ての古い建物。
正面には、
現在使われている会社名が書かれていない。
入口脇に、
小さな管理会社の表示がある。
透は建物の前で立ち止まった。
写真を撮る。
しかし、
中には入らない。
入口には、
「関係者以外立入禁止」
と書かれていた。
透は、
その表示を撮影した。
そして、
住所を確認する。
確かに、
資料に記載されていた住所と一致している。
ただし、
「旧資料保管室」が現在も存在する証拠にはならない。
透は周囲を見た。
一階には、
小さな事務所が入っている。
二階と三階には、
窓の内側にカーテンがある。
人が使っているのか。
ただ閉められているだけなのか。
外からは分からない。
透は、
以前の自分なら、
建物の中に入る方法を考えていただろうと思った。
今は、
そうしなかった。
代わりに、
入口の管理会社へ電話した。
「以前、この建物が資料保管に使われていたか確認したいのですが」
担当者は、
「以前のことは分かりません」
と答えた。
「現在、資料保管には使われていますか」
「そういう情報はありません」
「建物の所有者は変わっていますか」
「それについてはお答えできません」
それだけだった。
透は電話を切った。
何も分からない。
だが、
一つだけ確認できた。
この建物が、
現在も資料保管場所として使われているという証拠はない。
それで十分だった。
帰ろうとした時、
入口の脇に、
古いプレートがあることに気づいた。
文字は薄れていた。
近づいて見る。
小さな文字で、
資料管理関係
と書かれていた。
その下は、
塗りつぶされている。
透は写真を撮った。
それ以上、
触らなかった。
帰り道、
女からメッセージが届いた。
私の方でも一つ見つかった。
写真だった。
弟のノート。
今度は、
比較的はっきり読める。
そこには、
こう書かれていた。
旧記録を探すなら、保管場所ではなく、移管表を見る。
透は足を止めた。
その下には、
さらに一行。
保管場所は変わる。移管の事実は、別のところに残る。
透は、
旧保管室の写真を見た。
そして、
ノートの写真を見る。
保管場所。
移管表。
確かに、
別のものだった。
「弟さんは、保管室そのものを探していたわけではないのかもしれません」
透はメッセージを送った。
しばらくして、
女から返事が来た。
じゃあ、何を探してたの?
透は、
すぐには答えなかった。
昨日までなら、
何か一つの答えを作っていた。
今は、
違う。
移管された仕事と、移管されなかったものの差を見ていたのかもしれない。
送信してから、
「かもしれない」
という言葉を残しておく。
それでよかった。
女から、
それなら、移管表を探そう。
と返ってきた。
透も、
うん。
とだけ返した。
帰宅後。
透はこれまで集めた資料を並べた。
古い封筒。
旧会社の資料。
現在会社の移管資料。
弟のメール。
弟のノート。
そして、
今日撮った古い建物の写真。
それぞれを、
時系列ではなく、
種類ごとに分けた。
仕事
記録
名称
保管
移管
最後の紙には、
大きく、
人
と書いた。
そこには、
何も置かなかった。
まだ、
人を置く段階ではない。
透は、
旧会社の資料をもう一度開いた。
すると、
昨日は見落としていた小さな項目が目に入った。
移管確認者
その横には、
名前ではなく、
一つの記号が書かれていた。
N―07
透は画面を見つめた。
しばらく、
何も書かなかった。
やがて、
紙に一行だけ記した。
N―07は、移管する側にも、受け取る側にも出てくる。
その下に、
さらに書く。
では、これは誰の番号なのか。
透はペンを置いた。
まだ、
答えは出さなかった。




