最終章 嘘の向こう側
電話が切れてから、しばらく経った。
透は携帯電話を机の上に置いたまま、何もせずに座っていた。
返事は明日すると言われた。
だから、今は待つしかない。
窓の外を見る。
夜の街は静かだった。
車の音が遠くから聞こえる。
家の中では、両親がまだ起きているらしい。
ときどき話し声が聞こえてくる。
透はその声を聞きながら、昔のことを考えた。
塔にいた頃。
人間の世界へ来た日。
帰るつもりだった。
あの場所へ戻ることが、自分にとって自然なことだと思っていた。
けれど、時間は過ぎた。
塔との連絡は少なくなった。
そして、いつの間にか、ここで過ごす毎日のほうが長くなっていた。
朝起きる場所も。
仕事へ行く場所も。
帰ってくる場所も。
全部、ここにある。
透は携帯電話を見た。
まだ、何も届いていない。
そのまま眠ろうとしたとき、画面が光った。
着信だった。
透はすぐに電話に出た。
「もしもし」
「私」
聞き慣れた声だった。
「うん」
「昨日の話」
「うん」
少しだけ間があった。
「考えた」
透は黙って聞いた。
「あなたが言ってたこと、いいよ」
「本当に?」
「うん」
彼女は少し笑った。
「しばらく、彼女のふりをしてあげる」
透も小さく笑った。
「ありがとう」
「ただし、ちゃんと打ち合わせしようね」
「分かった」
「いつ一緒に帰る?」
透は少し考えた。
「今度の休みは?」
「いいよ」
「じゃあ、その日に」
「うん」
少し沈黙があった。
それから彼女が言った。
「お互いの親を、ちゃんと騙さないとね」
透は笑った。
「そうだな」
二人は、それからいくつか予定を決めた。
どこで会うか。
何を話すか。
どこまで本当のことを言って、どこから嘘にするか。
それは、まだ決まっていなかった。
電話を切ったあと、透は携帯電話を机の上に置いた。
窓の外を見る。
夜は静かだった。
遠い場所から届く声は、もう聞こえない。
それでも、透は何も困らなかった。
明日になれば、また朝が来る。
仕事へ行く。
家に帰る。
そして、今度は誰かと一緒に、両親の前で小さな嘘をつく。
透は一人で笑った。
その嘘が、いつまで続くのか。
その先に何があるのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ、今はそれでよかった。
そして透は、明日のことを考えながら、静かに部屋の明かりを消した。




