第五百八十四章 遠くなった声
塔が去ってから、しばらくの時間が過ぎた。
最初の頃は、まだ頻繁に連絡があった。
人類側の研究についての確認。
新しい材料の使用状況。
塔側の研究結果。
短い報告のやり取りだった。
透も、そのたびに返信した。
必要なことを伝え、必要なことを聞く。
それだけだった。
やがて、連絡は少なくなっていった。
毎日のように届いていたものが、数日に一度になった。
それから、一週間に一度。
さらに時間が空くようになった。
ある日、透は携帯電話を見た。
最後の連絡から、三週間が経っていた。
特に気にはならなかった。
塔が消えたわけではない。
人類側との連絡も続いている。
何か問題が起きたわけでもない。
ただ、それぞれの生活に戻っただけだった。
透は携帯電話を机の上に置いた。
そのまま仕事へ向かった。
昼になり、食事をする。
午後も仕事をする。
夕方になれば帰る。
いつもの一日だった。
夜、帰宅してからテレビをつけた。
人類と塔の共同研究について、短いニュースが流れていた。
新しい材料を使った設備が、いくつかの地域で運用を始めたらしい。
透はしばらく画面を見ていた。
以前なら、塔のことをもっと考えていたかもしれない。
今は、そうでもなかった。
ニュースが終わると、別の番組に変えた。
翌朝。
目を覚まして携帯電話を見る。
新しい通知はなかった。
透はそれを確認して、携帯電話を置いた。
少ししてから、ふと思った。
最近、塔と話していない。
それだけだった。
寂しいとは思わなかった。
忘れたわけでもない。
ただ、以前ほど頻繁に思い出さなくなっていた。
透は窓を開けた。
朝の街が見える。
人が歩いている。
車が走っている。
店が開き始めている。
この景色を、もう長い間見てきた。
昔は知らなかった景色だった。
今では、何も考えなくても道が分かる。
どこに店があるか。
どこを曲がればいいか。
どの時間なら人が少ないか。
そんなことまで自然に分かる。
透は窓を閉めた。
仕事へ向かう。
途中で知り合いに会った。
「おはよう」
「おはようございます」
短い挨拶をする。
そのまま歩く。
塔にいた頃も、同じような朝を過ごしていた。
けれど、今の透はもう、その違いを比べなくなっていた。
塔は遠い。
それでも、なくなったわけではない。
故郷であることも変わらない。
ただ、今いる場所を「仮の場所」と考えることがなくなった。
ここで朝を迎える。
ここで仕事をする。
ここで人と話す。
ここで夜を迎える。
それが生活だった。
その夜、透は久しぶりに塔から連絡を受けた。
『元気か』
短い一文だった。
透は画面を見た。
少し考えてから返信した。
『元気です』
それだけだった。
しばらくして、
『それならいい』
と返ってきた。
透は小さく笑った。
それ以上、何も書かなかった。
携帯電話をしまう。
窓の外を見る。
夜の街には、たくさんの明かりがあった。
透はその中に、自分の生活を見ていた。
塔との距離は、少しずつ遠くなっていた。
けれど、それは別れではなかった。
ただ、時間が流れているだけだった。




