第五百七十一章 使い方を決める
試験用の素材は、研究施設へ運ばれた。
ただし、すぐに実験が始まったわけではなかった。
人類側の代表者たちは、先に一つの問題を話し合うことにした。
「この素材を、どこで使うか」
技術者の一人が資料を開く。
「候補はいくつかあります」
医療設備。
発電設備。
水処理施設。
輸送設備。
そして、軍事関連施設。
最後の項目が読み上げられたところで、部屋が静かになった。
塔の主戦派代表者が資料を見る。
「軍事施設にも必要なのですか?」
「現在の技術体系には、軍事利用されている部分があります」
技術者は答えた。
「だから、技術的には利用できる可能性があります」
「可能性があることと、実際に使うことは違います」
「はい」
人類側の代表者が資料を閉じた。
「今回の素材については、軍事利用から外します」
主戦派の代表者が顔を上げる。
「明確に?」
「明確にします」
「記録にも残す?」
「残します」
平和派の代表者が透を見る。
「あなたはどう思いますか?」
透は少し考えた。
「僕に決める権利はないと思います」
「またですか」
「ただ」
透は素材の入った容器を見る。
「使うなら、何に使ったのか分かるようにしておいた方がいいと思います」
「記録を残すということですか?」
「はい」
「なぜ?」
「後から、その技術が何に使われたのか分からなくなると、また同じことが起きるかもしれないので」
誰もすぐには答えなかった。
過去の記録が失われたことで、今回の問題が長く続いた。
それは誰もが知っている。
人類側の代表者が頷いた。
「では、今回の素材については、使用先を記録します」
「公開するのですか?」
「すべてを公開するわけではありません」
彼は少し考える。
「ただ、少なくとも塔側には報告できるようにします」
主戦派の代表者は頷いた。
「それならいいでしょう」
会議はそこで終わった。
翌日、試験が始まった。
研究者たちは慎重に素材を扱った。
透は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
塔の二人も同じだった。
しばらくして、最初の測定結果が出る。
「安定しています」
研究者が言った。
「今までより安定しています」
別の研究者も画面を見る。
「もう一度確認します」
同じ試験を繰り返す。
結果はほとんど変わらなかった。
研究室の中に、静かな喜びが広がった。
しかし、誰も大きな声を上げなかった。
まだ試験だからだ。
平和派の代表者が言った。
「これが、あなた方の求めていたものですか?」
研究者が答える。
「少なくとも、必要としていたものの一つです」
主戦派の代表者が尋ねる。
「大量に必要ですか?」
「将来的には」
研究者は答えた。
「ですが、今すぐ大量に必要というわけではありません」
その言葉に、主戦派の代表者は少し安心したようだった。
「それなら、こちらも考えやすい」
人類側の代表者が言う。
「私たちも、一度に大量に求めるつもりはありません」
「なぜですか?」
「依存したくないからです」
塔の二人が顔を上げる。
「この素材がなければ何もできない、という状態にするのは危険です」
人類側の代表者は続けた。
「今回提供していただいた素材を使いながら、私たち自身でも代替材料を研究します」
透は、その言葉を聞いていた。
それは、これまでの人類とは少し違っていた。
技術を手に入れたからといって、それだけに頼るのではなく、自分たちで別の道も探す。
主戦派の代表者が言った。
「それなら、私たちも協力できます」
人類側の代表者が驚く。
「協力していただけるのですか?」
「必要な範囲で」
「研究情報も?」
「すべてではありません」
主戦派の代表者ははっきりと言った。
「ただし、あなた方が自分たちで代替材料を作ろうとするなら、そのために必要な知識は提供できます」
平和派の代表者が続ける。
「ただし、軍事目的ではないことを確認しながら」
人類側の代表者は頷いた。
「分かりました」
それで話は終わった。
大きな宣言もなかった。
新しい時代が始まった、と誰かが言うこともなかった。
ただ、一つの素材について。
何に使うのか。
どこまで使うのか。
何を記録するのか。
そして、どこまで互いに協力するのか。
それを一つずつ決めていった。
その日の夕方。
透は建物の外に出た。
塔の二人も後から出てきた。
三人でしばらく空を見ていた。
平和派の代表者が言う。
「ずいぶん遠くまで来ましたね」
透は笑った。
「そうですね」
主戦派の代表者が言った。
「あなたが帰ってこなかった時間の長さを考えると、不思議です」
「僕もそう思います」
「それでも、こうしてまた会えた」
「はい」
三人はそれ以上、何も言わなかった。
空には星が出始めていた。
塔はまだ、そこにいる。
人類も、ここにいる。
そして今度は、どちらも相手の存在を知らないままではなかった。




