第五百六十九章 必要なもの
人類側から出された要望について、塔の二人はすぐには答えなかった。
主戦派の代表者が、机の上の装置を見る。
「あなた方が必要としているのは、装置そのものではありませんね」
「はい」
人類側の代表者が答えた。
「同じ機能を持つ装置を作るための材料です」
「なぜですか?」
「透の装置だけに頼ることはできないからです」
その言葉に、透も頷いた。
現在の装置は、人類の技術を安定させるために必要になっている。
しかし、それはもともと人類のために作られたものではない。
そして、世界に一つしかない。
それが失われれば、現在の技術にも影響が出る。
平和派の代表者が尋ねた。
「その材料を、何に使うつもりですか?」
「まず、現在の技術を安定させるためです」
「軍事利用も含みますか?」
人類側の代表者は少し黙った。
「現在の人類社会には、軍事利用されている技術もあります」
主戦派の代表者がすぐに反応した。
「それなら、提供することはできません」
部屋の空気が少し硬くなった。
人類側の代表者は反論しなかった。
「その可能性があることは理解しています」
「あなた方の祖先も、最初は同じような説明をしたのではありませんか?」
「そうかもしれません」
意外にも、彼は否定しなかった。
「だからこそ、今回は同じことを繰り返したくありません」
主戦派の代表者は、しばらく彼を見た。
「では、どうするつもりですか?」
「用途を分けます」
「具体的には?」
「民間利用を中心にします」
人類側の代表者は答えた。
「医療、エネルギー、水、生活インフラなどです」
「軍事には使わない?」
「少なくとも、今回提供していただく材料については、そういう形を希望しています」
主戦派の代表者は黙った。
平和派の代表者が口を開く。
「それなら、私たちにも確認したいことがあります」
「何でしょうか?」
「あなた方は、本当にその技術を必要としているのですか?」
人類側の代表者は少し考えた。
「必要です」
「なぜ?」
「すでに社会の中に組み込まれているからです」
「なくなったら困る?」
「はい」
「どのくらい?」
人類側の代表者は、少しだけ笑った。
「かなり困ります」
その答えに、平和派の代表者も笑った。
「正直ですね」
「隠しても仕方ありませんから」
透は二人の会話を聞いていた。
技術を必要としている。
それは事実だった。
しかし、必要だから何をしてもいいわけではない。
そこは、これまでの歴史と同じだった。
主戦派の代表者が言った。
「あなた方は、技術を手放すつもりはない」
「はい」
「軍事利用も完全にはなくならない」
「今すぐには難しいと思います」
「それでも材料を求める」
「はい」
主戦派の代表者はしばらく黙った。
そして、透を見る。
「あなたはどう思いますか?」
透は少し驚いた。
「僕ですか?」
「はい」
透はすぐには答えなかった。
「僕は、決める立場ではありません」
「そうですか」
「人類側が何を選ぶかも、塔側が何を提供するかも、僕が決めることではないと思います」
主戦派の代表者は頷いた。
「昔から、そういうところは変わりませんね」
「そうですか?」
「そうです」
透は苦笑した。
平和派の代表者が言う。
「ただ、一つだけ確認したい」
「何でしょう?」
「民用に使うという話を、あなた方は本当に守れますか?」
人類側の代表者は答えた。
「完全に保証できるとは言いません」
部屋が静かになった。
「ただし、今回は塔から提供された材料だということを明確に記録します」
「それで?」
「使用範囲を管理します」
「人間だけで?」
「必要なら、塔にも確認してもらいます」
その言葉に、塔の二人が顔を見合わせた。
昨日までなら、こうした提案をすぐに受け入れることはなかっただろう。
だが、今は少し違っていた。
人類側も、過去の問題を理解している。
そして塔側も、自分たちがすべてを正しく判断してきたわけではないことを認め始めている。
平和派の代表者が静かに言った。
「材料を提供すること自体は、可能です」
人類側の代表者が顔を上げた。
しかし、主戦派の代表者が続ける。
「ただし、すぐに大量提供することはできません」
「理由は?」
「あなた方がどのように使うのか、まだ分からないからです」
人類側の代表者は頷いた。
「それは理解できます」
「まずは少量を提供する」
「試験用ですか?」
「はい」
平和派の代表者が続けた。
「その材料で、あなた方が自分たちの技術を安定させられるか確認する」
「そして?」
「実際に民間で使われている場所を見せてください」
人類側の代表者は少し考えた。
「病院でも?」
「はい」
「発電施設も?」
「見たいです」
「水処理施設も?」
「もちろん」
主戦派の代表者は、少しだけ間を置いて言った。
「私も見ます」
人類側の代表者は、その言葉に驚いた。
「あなたも?」
「はい」
主戦派の代表者は装置を見る。
「疑っているからこそ、自分で確認したい」
透はその言葉を聞いて、わずかに笑った。
それは、彼が知っている昔の彼らと同じだった。
疑う。
見る。
確かめる。
そして、自分で判断する。
会談はそこで一度区切られた。
まだ正式な合意ではない。
材料の提供量も、具体的な条件も決まっていない。
それでも、人類側が求めたものに対して、塔側は初めて明確な可能性を示した。
少量の材料。
民用を中心とした利用。
そして、その利用を互いに確認すること。
部屋を出る前、平和派の代表者が透に声をかけた。
「あなたが戻ってきてから、話がずいぶん増えましたね」
透は笑った。
「そうですね」
「疲れませんか?」
「少し」
二人は笑った。
まだ、話し合うことは残っている。
しかし、昨日までのように、互いを知らないまま向き合っているわけではなかった。
少なくとも今は、同じ机を囲んでいる。
それだけでも、以前とは違っていた。




