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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五百六十三章 普通の暮らし

翌朝。


二人の代表は、予定より早く起きていた。


人類側が用意した部屋には、簡素な机と椅子、それから一台の端末が置かれている。


主戦派の代表は、端末に表示された資料を確認していた。


昨日の視察結果だった。


技術の使用範囲。


軍事施設の存在。


民間施設への利用。


エネルギー供給。


水処理。


食料生産。


どれも、数字として整理されている。


「数字だけでは分からない」


主和派の代表が言った。


主戦派は端末から目を離さなかった。


「何が?」


「人間がどう暮らしているか」


「昨日見ただろう」


「見ただけだ」


主和派は窓の外を見た。


「一日見ただけでは分からない」


主戦派はしばらく黙った。


「ならば、何日見れば分かる?」


「分からない」


「お前もそう言うのか」


「分からないことを、分からないと言っているだけだ」


主戦派は少しだけ眉を動かした。


「透の影響か?」


「関係ない」


主和派は答えた。


「私は最初からそう考えている」


二人の間に沈黙が落ちた。


やがて、案内役が部屋に入ってきた。


「本日の視察ですが、昨日とは違う場所をご案内できます」


主戦派が尋ねる。


「どこへ?」


「都市部です」


「研究施設ではないのか」


「今日は一般の生活を見たいという希望を受けています」


主和派が頷いた。


「お願いします」


二人は施設を出た。


車に乗り込む。


窓の外に、徐々に建物が増えていく。


道路には人がいる。


昨日の施設周辺とは違う。


店。


学校。


診療所。


工場。


集合住宅。


さまざまな建物が並んでいた。


主戦派の代表は、窓の外を見ながら言った。


「この都市は、いつから存在している?」


案内役が答える。


「現在の形になったのは戦後です」


「戦争で破壊された?」


「大部分が」


「では、ここも技術によって再建されたのか」


「一部はそうです」


主戦派は黙った。


車は住宅街に入った。


道端で子供たちが遊んでいる。


一人が転び、別の子供が手を差し出した。


母親らしい女性が少し離れた場所から見ている。


主和派の代表は、しばらくその光景を見ていた。


「彼らは、戦争を知らないのか?」


「全員ではありません」


案内役が答えた。


「地域によっては、まだ戦争の影響が残っています」


「それでも生活している」


「はい」


主戦派は窓から目を離した。


「我々の技術が使われている」


「そうです」


「それによって、彼らの生活が維持されている」


「そういう地域もあります」


主戦派は何も言わなかった。


車が止まる。


二人は市場へ入った。


そこでは食料が並べられていた。


野菜。


穀物。


保存食品。


加工された肉。


主和派の代表が一つの商品を手に取った。


「これは?」


「保存食です」


「どれくらい保存できる?」


説明を聞く。


代表は商品を棚に戻した。


「以前の記録では、こういうものは作れなかった」


「戦後に改良されました」


「我々の技術を使って?」


「直接ではありません」


案内役が答える。


「基礎となった技術の一部が利用されています」


主和派は頷いた。


主戦派は別の場所を見ていた。


「こちらは?」


「水の販売所です」


「水を買う?」


「地域によっては、そうです」


「水が不足しているのか」


「完全に不足しているわけではありません。安全な水を確保するために利用されています」


主戦派は周囲を見た。


人々は普通に水を買っている。


誰も、それを特別なことだとは思っていない。


「技術が生活の一部になっている」


主和派が言った。


「そうですね」


「だからこそ、簡単には取り上げられない」


主戦派が振り返る。


「取り上げるつもりなのか?」


「私はそう言っていない」


「では?」


「まだ判断していない」


主戦派は何も答えなかった。


昼を過ぎると、二人は別々に行動することになった。


主戦派は軍事施設を見たいと言った。


主和派は住宅区域と医療施設を見たいと言った。


透は主和派の代表に同行した。


診療所に入る。


そこでは、数人の患者が待っていた。


医師が診察をしている。


設備は新しくない。


それでも必要な機能は揃っていた。


主和派の代表が尋ねる。


「この設備にも、あの技術が使われているのか」


医師が答えた。


「一部は」


「何に?」


「電力の安定化です」


「なぜ必要なのか」


「電力が止まれば、機械が使えなくなります」


医師は当たり前のように答えた。


「それだけです」


代表は少し黙った。


「それだけ?」


「はい」


医師は不思議そうな顔をした。


「止まったら困るので」


主和派の代表は、その言葉を聞いて小さく笑った。


「そうか」


それ以上、何も言わなかった。


夕方。


主戦派の代表も戻ってきた。


表情は硬かった。


主和派が尋ねる。


「軍事施設を見た?」


「ああ」


「どうだった?」


「現在も技術は軍事利用されている」


主和派は頷いた。


「そうか」


「やはり、我々は警戒するべきだ」


「否定しない」


主和派は言った。


「だが、それだけではない」


主戦派は透を見た。


「お前はどう思う?」


突然聞かれて、透は少し考えた。


「何についてですか?」


「人間についてだ」


透は窓の外を見た。


夕暮れの街に、明かりが一つずつ点いていく。


「私には分かりません」


主戦派の代表は眉をひそめた。


「お前は調査しただろう」


「調査結果はあります」


「ならば判断できる」


「調査結果と判断は別です」


主戦派は黙った。


透は続けた。


「人間は戦争をしました」


「技術も戦争に使いました」


「その結果、多くの人が死にました」


「でも、その後、人間はその技術を使って生活を立て直しました」


「どちらも事実です」


主和派の代表が聞いた。


「だから?」


「だから、どちらか一つだけを見て、人間全体を決めることはできないと思います」


主戦派はしばらく透を見ていた。


「お前は、人類を庇っているのか?」


「いいえ」


透は答えた。


「私は見たものを、そのまま話しているだけです」


それ以上、会話は続かなかった。


夜。


二人の代表は、塔へ報告を送った。


主戦派の報告には、軍事利用の継続と、技術管理の問題が記されていた。


主和派の報告には、技術が現在の生活を支えている事実が記されていた。


二つの報告は、同じ一日を記録している。


しかし、内容は大きく違っていた。


太陽系外縁の塔では、それぞれの報告が同時に受信された。


誰かが二つの報告を並べて読んだ。


そこには、矛盾するように見える二つの人類像があった。


戦争のために技術を使う人間。


その技術によって、生活を続ける人間。


どちらも嘘ではなかった。


そして翌日。


塔の代表たちは、初めて人類の高層と直接会うことになった。


過去ではなく。


現在の人類が何を考えているのかを聞くために。

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