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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五百六十章 塔が来た理由

通信は、しばらく途切れなかった。


しかし、向こうから声が返ってくることもなかった。


人間側の観測室では、誰も口を開かなかった。


透も待っていた。


やがて、通信の向こうから、低い声が聞こえた。


「透」


「はい」


「我々が地球へ向かった理由を説明する」


透は黙って聞いた。


「最初に確認しておきたい。我々は、地球を攻撃するために来たのではない」


人間側の数人が顔を見合わせた。


透は聞いた。


「では、何を確認するために?」


少し間があった。


「お前が、なぜ消えたのか」


透は目を伏せた。


「長期間、お前から何の連絡もなかった」


通信の向こうで、別の声が続いた。


「予定された報告もなかった。帰還信号もなかった。通信装置からの応答もなかった」


「はい」


「最初の数年間は、事故を想定した」


「事故?」


「装置の故障。移動中の障害。現地環境による通信遮断。その可能性を調べた」


透は黙っていた。


「しかし、時間が経つにつれて、別の可能性が議論されるようになった」


「人間側が何かした、と?」


「そうだ」


人間側の空気が少し変わった。


塔の声は続いた。


「お前が地球へ向かった目的は、人類との共同研究の確認だった」


「そして、その研究には明確な条件があった」


透は記憶を探った。


「共同で研究すること」


「それだけではない」


「研究成果を、一方だけが独占しないこと」


「そうだ」


「そして、外部へ公開する場合も、双方の確認が必要だった」


「その通りだ」


透は小さく息を吐いた。


「だから、長期間連絡がないことで、疑われた」


「人類が研究成果を独占しようとしている可能性があると考えた者もいた」


別の声が割り込んだ。


「さらに、お前自身についても疑念が生じた」


透は顔を上げた。


「私が?」


「人類側に拘束された可能性」


「あるいは、研究のために利用されている可能性」


「あるいは、お前自身が人類側と協力し、帰還を拒否している可能性」


通信室が静かになった。


透はしばらく何も言わなかった。


それは、自分が予想していたよりも自然な推測だった。


連絡が途絶えた。


装置から反応がない。


共同研究の相手からも報告がない。


それが長期間続けば、疑う理由はいくらでも生まれる。


「反対する人もいたんですね」


透が言った。


「いた」


即答だった。


「証拠がない、と」


「そうだ」


「人類が意図的に約束を破ったと判断するには、情報が足りない」


「その意見もあった」


透は少し考えた。


「では、塔の中でも意見が分かれた」


「最初から一つの意見ではなかった」


通信の向こうで、別の人物が話し始めた。


「お前の帰還を待つべきだという者がいた」


「人類側の状況をさらに調査すべきだという者もいた」


「しかし、長い時間が経つにつれ、待つことそのものに意味がないという意見も強くなった」


「それで、地球へ?」


「違う」


声が少し低くなった。


「最初に決まったのは、地球へ行くことではない」


透は待った。


「確認することだ」


「お前が生きているのか」


「人類が何をしているのか」


「共同研究がどうなったのか」


「そして、約束がなぜ途切れたのか」


透はその言葉を聞きながら、これまで見てきた記録を思い出した。


最初の組織。


共同研究。


技術の共有。


国家同士の競争。


戦争。


崩壊。


その後に残された家系。


失われた記録。


そして、自分の装置。


すべてが一本の線になりつつあった。


「地球側の人間は、約束を守らなかった」


透は言った。


「少なくとも、結果だけを見ればそうなります」


「我々もそう判断した」


「でも、故意だったとは限らない」


通信の向こうが静かになった。


「お前は、そう考えているのか」


「調べた限りでは」


透は答えた。


「誰か一人が、塔との約束を破ろうと決めた記録はありませんでした」


「では?」


「人間側の組織そのものが、途中で壊れています」


透はゆっくり説明した。


「研究成果を共有したことで、それぞれの国が別々の目的を持つようになった」


「その後、技術が軍事利用され、争いが始まった」


「争いが長引いて、最初に塔と連絡していた組織も機能しなくなった」


「だから、連絡できなくなった」


通信の向こうから、誰も答えなかった。


透は続けた。


「その後の人間たちは、技術そのものを使い続けました」


「でも、塔との約束を作った人たちが何を考えていたのかは、少しずつ忘れられていった」


「現在の人間たちは、祖先が何をしたのかさえ、正確には知らない」


長い沈黙があった。


やがて、塔側から一つの質問が返ってきた。


「つまり、お前は、人類が我々を裏切ったとは考えていないのか」


透はすぐには答えなかった。


「裏切ったかどうかを、今の私が決める必要はないと思います」


「……」


「約束が守られなかったことは事実です」


「しかし、それが意図的だったかどうかは別の話です」


「そして、今いる人間が、その時代の人間と同じ責任を持つわけでもありません」


通信の向こうで、誰かが小さく息を吐いた。


それが納得だったのか、反論だったのかは分からなかった。


しばらくして、最初の声が戻ってきた。


「我々が地球へ向かった理由は、それを確認するためでもある」


透は顔を上げた。


「確認?」


「お前の話だけでは判断しない」


その言葉に、透は少しだけ笑った。


「それでいいと思います」


「我々も、記録を持っている」


「地球側にも記録がある」


「双方の記録を照合する必要がある」


「はい」


塔側は続けた。


「そして、もう一つ確認しなければならないことがある」


透の表情が変わった。


「何ですか?」


「現在の地球が、あの技術をどのように扱っているのか」


観測室の奥で、数人が顔を見合わせた。


透は黙っていた。


塔の声は、静かだった。


「我々が約束をした時代と、現在の地球は違う」


「しかし、技術は残っている」


「そして、お前の装置も残っていた」


透は手元の装置を見た。


「だから、地球へ来た」


「違う」


塔側が言った。


「装置があったから来たのではない」


「では?」


「我々は、もっと早くから地球へ向かうことを検討していた」


透は黙った。


「ただ、地球へ直接接近すれば、こちらの存在そのものが人類に影響を与える可能性がある」


「だから、判断に時間がかかった」


「そして、今回、お前の信号を受け取った」


「はい」


「その瞬間、我々の判断は変わった」


透は聞いた。


「なぜ?」


通信の向こうから、短い答えが返ってきた。


「確認すべき相手が、まだ生きていたからだ」


透は何も言わなかった。


人間としての自分は、すでに一度死んでいる。


けれど、塔から見れば、今ここにいる自分は確かに透だった。


同じ記憶を持ち、同じ信号を送り、同じ装置を使っている。


「では、塔は今、どこにいるんですか」


透が尋ねた。


「太陽系外縁を通過した」


「もうそこまで?」


「現在、地球へ向けて進んでいる」


観測室の画面に、新しい軌道情報が表示された。


透はそれを見た。


以前よりも、距離がはっきりしている。


もう遠い存在ではない。


「到着したら、どうするつもりですか」


透の問いに、通信の向こうはしばらく沈黙した。


そして、答えた。


「まず、話をする」


「人類と?」


「人類と」


「研究についても?」


「それも含まれる」


「そして、私についても?」


「お前についてもだ」


透は画面を見つめた。


塔はまだ遠い。


それでも、もう逃げる必要はなかった。


かつて途切れた約束が、再び目の前まで近づいてきている。


ただし、何を話せば終わるのかは、まだ誰にも分からない。


通信の向こうから、最後に一つの言葉が届いた。


「透。我々は、地球へ到着するまでに、もう一度お前と話す」


「分かりました」


通信が静かになった。


画面には、接近を続ける巨大な影が映っている。


透はその軌道を見ながら、まだ一つだけ確認できていないことを考えていた。


塔が地球へ来る。


それは分かった。


なぜ来たのかも、分かり始めた。


しかし。


塔が地球を見て、何を選ぶのか。


それだけは、まだ分からなかった。

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