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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五百五十九章 失われた時間

通信が再びつながったのは、それからしばらく経ってからだった。


先ほどとは違い、今回は最初から音声が入っている。


『透』


「はい」


『いくつか確認したい』


「どうぞ」


『あなたが最後にこちらと通信した記録では、人類世界への調査を継続すると報告している』


「そうです」


『その後、通信が途絶えた』


「はい」


『我々は、何度も呼びかけた』


透は黙って聞いていた。


『しかし、応答はなかった』


『帰還信号もなかった』


『位置情報も確認できなかった』


『あなたは、その間、何をしていた?』


透は少し考えた。


「人間として生きていました」


通信の向こうが沈黙する。


「調査を続けるつもりでした」


「ただ、人間として生活しているうちに、私自身の記憶が失われていきました」


『記憶が?』


「はい」


「最初は、装置の機能が使えなくなっただけだと思っていました」


「でも、それだけではありませんでした」


透は自分の手を見る。


「人間として生活する時間が長くなるにつれて、私は自分が何者だったのかを忘れていきました」


『……』


「最初は塔のことを覚えていました」


「そのうち、断片だけになりました」


「最後には、自分が塔から来たことすら分からなくなった」


通信の向こうでは、誰も話さない。


「それでも、人間としての生活は続きました」


「仕事をして、他の人間と関わって、生活して」


「そして、最後には人間として死にました」


『死んだ?』


「はい」


その言葉に、向こう側の反応が止まった。


『あなたは、現在、生存している』


「そうです」


『しかし、一度死亡したと言う』


「人間としては、一度死んでいます」


『……理解できない』


透は少しだけ笑った。


「私も、すべてを理解しているわけではありません」


『では、現在のあなたは?』


「人間です」


短い沈黙。


「ただし、調査員だった頃の記憶が戻っています」


『身体は?』


「普通の人間です」


『長期生命機能は?』


「ありません」


『塔の身体ではない?』


「はい」


『特殊な生命維持機能も?』


「ありません」


通信の向こうで、誰かが何かを確認している。


しばらくして声が戻った。


『つまり、あなたは現在、人類と同じ寿命を持つ存在なのか』


「そうです」


『……』


再び沈黙。


透は待った。


やがて、別の声が入った。


先ほどまで話していた人物とは違う声だった。


『透』


「はい」


『あなたが人類世界へ入った当時、帰還するための装置は正常だったのか』


透はX-17を見る。


「はい」


『通信も?』


「正常でした」


『では、なぜ応答できなかった』


透は答えた。


「エネルギーが補充できなかったからです」


『エネルギー不足?』


「はい」


「人類世界で、塔の装置を維持するためのエネルギーを確保できませんでした」


「その結果、装置は主要機能を停止しました」


『通信機能も?』


「はい」


『帰還機能も?』


「はい」


『その状態で、あなた自身の記憶も失われた』


「そうです」


向こう側の沈黙は長かった。


透には、その沈黙が何を意味するのか分からなかった。


驚いているのか。


困惑しているのか。


あるいは、過去の判断を確認しているのか。


やがて、最初の声が戻ってきた。


『我々は、あなたが意図的に通信を断った可能性も検討した』


透は黙って聞いた。


『人類側に協力した可能性も』


「分かります」


『あなたが人類側に拘束された可能性も』


「それも分かります」


『しかし、実際には違った』


「はい」


『あなた自身が、通信できない状態になっていた』


「そうです」


透はそれ以上、自分を説明しようとはしなかった。


ただ、事実だけを伝えた。


しばらくして、通信の向こうから声がした。


『透』


「はい」


『我々には、確認しなければならないことがある』


「何ですか」


『なぜ、あなたが今になって応答できたのか』


透はX-17を見る。


「私も、それを調べています」


『装置が復旧した理由は?』


「塔が近づいたからだと思います」


通信の向こうで、誰かが息を呑んだような気配がした。


『……やはり』


その一言だけだった。


透は聞き返した。


「やはり?」


しかし、すぐには返事がなかった。


長い沈黙の後、通信が少しだけ乱れた。


そして、別の声が言った。


『その件については、我々から説明する』


透は画面を見つめた。


『我々が地球へ向かっている理由も含めて』


透は静かに答えた。


「分かりました」


通信は切れなかった。


ただ、向こう側の沈黙だけが続いていた。


その沈黙の先に、塔が地球へ来た本当の理由がある。


透は、まだ何も知らなかった。

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