第五百五十八章 帰還した信号
観測台から届いた情報を確認したあと、透は研究施設へ戻った。
X-17は、まだ小さく振動している。
表示されている信号は一定ではなかった。
近づいてくる何かに反応するように、断続的に変化している。
研究責任者が画面を見ながら言った。
「本当に、この装置から塔へ連絡できるんですか」
「できる可能性はあります」
「可能性?」
「長い間使っていませんから」
透は装置の前に座った。
かつて自分が使っていたもの。
人間の世界で失われ、長い時間を経て、再び自分の手元へ戻ってきたもの。
今まで人類は、その正体を知らなかった。
透自身も、長い間その正体を忘れていた。
しかし今は違う。
装置の中に残っていた機能を、少しずつ思い出している。
透は通信画面を開いた。
古い識別方式が表示される。
その中には、現在の人類の通信規格には存在しない項目がいくつもあった。
研究者が画面を見ている。
「これが、塔との通信方式ですか」
「そうです」
透は答えた。
「少なくとも、私が知っているものと同じです」
「送ってみるんですか」
「はい」
透は一度だけ深く息を吐いた。
そして、通信信号を送った。
一回目。
反応はない。
二回目。
まだ何も起きない。
三回目。
画面の一部が変化した。
研究者が身を乗り出した。
「今のは?」
「受信待機です」
透は画面を見つめる。
しばらくして、短い信号が返ってきた。
透の表情がわずかに変わった。
「……返ってきた」
「塔ですか?」
「まだ分かりません」
透は受信信号を確認する。
信号形式。
識別方式。
応答間隔。
すべてを確認する。
そして、もう一度送信した。
今度はすぐに返ってきた。
画面に、一つの識別情報が表示される。
透はそれを見て、しばらく動かなかった。
それは、かつて自分が知っていたものだった。
「塔です」
研究者たちの間に緊張が走った。
通信がつながった。
しかし、声はまだ聞こえない。
向こう側でも、何かを確認しているらしい。
しばらくすると、通信画面に文字が表示された。
『応答信号を確認』
透はそれを見つめる。
続いて、もう一つ。
『識別情報を照合中』
時間が流れる。
研究者たちは誰も話さない。
やがて、画面が大きく変わった。
『識別情報に一致』
その直後。
通信が音声に切り替わった。
『こちら、塔調査管理部』
透は目を閉じた。
その声を聞くのは、あまりにも久しぶりだった。
『応答者の識別情報を確認する』
少し間があった。
『……確認できない』
向こう側の声が止まる。
『再照合する』
再び沈黙。
透は待った。
『……もう一度、送信してください』
透は自分の識別情報を送った。
すると、向こう側で明らかな動揺が起きた。
通信の向こうで複数の声が重なった。
何かを確認している。
何度もデータを照合している。
そして、ようやく一つの声が戻ってきた。
『……あり得ない』
透は何も言わなかった。
『この識別情報は、確かに存在する』
『しかし、長期間応答がない』
『記録上、失われた可能性が高いと判断されていた』
透は画面を見た。
その言葉を聞いても、驚きはなかった。
自分が塔から見れば、すでに長い間「いない人間」になっていたことは想像できた。
向こうから声が続く。
『確認する』
少し間がある。
『応答者』
『あなたは、本当に透なのか』
透は答えた。
「はい」
通信が止まった。
完全な沈黙だった。
一秒。
十秒。
それでも返事がない。
研究責任者が透を見る。
透は何も言わず、待ち続けた。
やがて、通信の向こうから小さな声が届いた。
『……待ってほしい』
その声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
『現在、複数の部署で確認を行っている』
『あなたからの信号を、すぐに処理することができない』
透は静かに答えた。
「分かりました」
『透』
「はい」
『あなたが応答しているという事実そのものが、我々にとって重大な情報だ』
透は画面を見つめた。
『少し時間をくれ』
「分かりました」
通信が一度切れた。
研究者たちは、ようやく息を吐いた。
誰かが言った。
「……本当に、塔なんですね」
透は頷いた。
「はい」
「向こうは、あなたが生きていることを知らなかった」
「そうだと思います」
透は再び画面を見た。
そこには、まだ接続待機の表示が残っている。
遠く離れた場所にある塔。
そこでも今、きっと同じように、この通信画面を見ている人間たちがいる。
長い間、途絶えていた信号。
失われたと思われていた調査員。
そして、突然戻ってきた声。
透は椅子に座ったまま、次の通信を待った。
今度は、向こう側から何を聞かれるのか。
それは、まだ分からなかった。




