第五百五十六章 近づく信号
その夜、研究施設では予定されていた作業がすべて止められた。
各地から、同じような報告が届いていた。
エネルギー出力の変動。
通信設備の一時停止。
長時間稼働していた設備の異常。
どれも単独で見れば、これまでにも起きていた現象だった。
しかし、発生した時刻が近かった。
そして、すべての施設で同じようにX-17の反応が確認されていた。
研究責任者が端末を見ながら言った。
「原因は、やはりこの装置ですか」
透は画面を見た。
「装置そのものが原因というより、何かに反応しています」
「何か?」
「塔からの信号です」
部屋にいた研究者たちは黙った。
「その信号が強くなっている」
「だから技術全体が不安定になる?」
「おそらく」
透は断定しなかった。
装置の本来の機能が戻り始めている。
その事実だけは確かだった。
研究責任者は別の画面を開いた。
「では、塔が接近しているというあなたの推測は?」
「推測ではありません」
透は答えた。
「この装置が、以前と同じ反応をしています」
「あなたが塔へ戻るときにも?」
「はい」
研究責任者は画面を見たまま黙っていた。
しばらくして、統治側の代表が入ってきた。
「現在の状況を聞かせてください」
研究責任者が説明する。
設備の異常。
X-17の反応。
各地で発生している変動。
そして、透の判断。
代表は透を見た。
「塔は、こちらへ向かっている」
「そう考えています」
「どれくらい近い?」
「分かりません」
代表は少し眉を寄せた。
「あなたにも?」
「はい」
透は装置を見た。
「この表示から距離を正確に計算することはできません」
「では、何が分かる?」
「近づいていることだけです」
その答えに、代表は黙った。
やがて、別の研究者が言った。
「ならば、塔が来るまでに何か準備をする必要があります」
「何を?」
「分かりません」
その言葉に、透は少しだけ視線を上げた。
研究者自身も、自分が何を言っているのか分かっていないようだった。
ただ、何かをしなければならない。
そう考えている。
「まず、設備を止めるべきではありません」
透が言った。
「なぜですか」
「今の社会は、この技術に依存しています」
「すべてを止めれば、別の問題が起きます」
代表は頷いた。
「では、どうする?」
「可能な範囲で出力を下げる」
「完全停止ではなく?」
「はい」
透は答えた。
「今まで使っていた設備を全部止めれば、人間の生活そのものに影響します」
「それに、塔が来たからといって、必ず攻撃されるとは限りません」
部屋の中が静かになった。
誰かが言った。
「しかし、塔は長い間、人類からの連絡を受け取っていない」
「そうです」
「約束も破られた」
「そうです」
「それでも、攻撃しないと思うのですか」
透は少し考えた。
「分かりません」
研究者が顔を上げる。
透は続けた。
「私が知っているのは、塔が今こちらへ近づいているということだけです」
「それ以上は、まだ何も分かりません」
統治側の代表はしばらく透を見ていた。
やがて言った。
「ならば、こちらから先に伝えられることを整理しましょう」
透は頷いた。
「それがいいと思います」
「歴史資料も?」
「はい」
「約束についても?」
「はい」
「X-17についても?」
透は装置を見た。
「それも隠さない方がいいでしょう」
代表は端末に指示を入力した。
「分かりました」
会議室を出ようとしたとき、透が呼び止めた。
「一つだけ」
代表が振り返る。
「何ですか」
「人類が技術を使った理由も伝えてください」
代表は黙って聞いた。
「戦争のために使ったことだけではありません」
透は続けた。
「戦後、この技術がなければ生きられなかった人間がいた」
「その事実も、塔には伝えるべきです」
代表は少し考えた。
「それを言えば、許されると思いますか?」
「分かりません」
透は答えた。
「ただ、事実です」
代表はそれ以上何も言わず、部屋を出ていった。
残った研究者たちは、装置を見つめていた。
その中央で、小さな表示が再び変化した。
数値が下がる。
また下がる。
そして、一瞬だけ表示が消えた。
次の瞬間。
別の表示が現れた。
透は息を止めた。
そこには、長い間使われていなかった通信方式が表示されていた。
塔との通信を開始するための古い信号だった。
しかし、接続先はまだ表示されない。
透は装置の前に立った。
「……向こうも、こちらを確認している」
研究者が聞いた。
「分かるんですか?」
「分かります」
透は答えた。
「この信号は、一方的なものではありません」
誰も声を出さなかった。
遠い空の向こうに、何かがいる。
こちらを見ている。
近づいている。
透は通信画面を見つめた。
そして、まだ表示されない接続先を待った。
長い時間を越えて、再び二つの世界がつながろうとしていた。




