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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五百五十四章 あの日の約束

会議室には、数人の代表者が集まっていた。


研究責任者。


現在の統治機構を代表する者。


技術管理部門の責任者。


そして、歴史資料の調査に関わった者たち。


透は、その中央に座っていた。


机の上には、古い記録が置かれている。


誰も最初から口を開こうとはしなかった。


やがて、統治側の代表が言った。


「あなたが話したいという約束について、聞かせてください」


透は頷いた。


「人類と塔の間には、最初から一つの取り決めがありました」


透は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「技術は共同で研究すること」


「一方だけが研究成果を隠し、独占しようとした場合、もう一方には制限をかける権利があること」


「そして、技術が十分に安全な段階に達するまでは、一般社会に公開しないこと」


部屋の中で、誰かが小さく息を吸った。


「では、人類はその約束を破った」


透は否定しなかった。


「結果としては、そうです」


「結果として?」


統治側の代表が聞き返した。


透は目の前の資料を見る。


「最初から約束を破るつもりだったとは、私は考えていません」


「なぜ?」


「記録を見る限り、最初の人間たちは技術を共有しようとしていました」


「それは、すでに確認されています」


「はい」


透は続けた。


「問題は、その後です」


研究者の一人が資料をめくった。


「研究が各国に広がり、技術の価値が大きくなった」


「そして、それぞれが自分たちの利益を考えるようになった」


「防衛のためという理由で軍事研究が始まり、相手も同じことを考えた」


「結果として、戦争になった」


透は淡々と続けた。


「その戦争によって、最初の組織そのものがなくなった」


「通信も途絶えた」


「だから、塔から見れば、人類が約束を破って連絡を絶ったように見えた」


誰も反論しなかった。


それは記録から見ても否定できない。


しかし、統治側の代表はしばらくしてから言った。


「では、私たちはどうすればいいのでしょう」


透は彼を見る。


「何についてですか」


「祖先がしたことについてです」


「あなたたちは、祖先と同じ人間ではありません」


その言葉に、代表は少し黙った。


「しかし、私たちはその技術を受け継いでいます」


「そうです」


「その技術によって、今の社会が成り立っている」


「そうです」


「ならば、私たちにも責任があるのでは?」


透はすぐには答えなかった。


責任という言葉が、何を意味するのか。


それを簡単に決めることはできなかった。


「今のあなたたちが、何をするか」


透は言った。


「そのことについては、あなたたち自身が判断することだと思います」


代表は透を見る。


「祖先の行動について、あなたが判断することではない?」


「私にもできません」


透は答えた。


「私が調べたのは、何が起きたのかです」


「それ以上ではありません」


部屋の奥で、別の研究者が口を開いた。


「しかし、塔から見れば、人類は約束を破った側です」


「そうでしょう」


「それでも、あなたは人類を擁護するのですか」


透は首を横に振った。


「擁護しているわけではありません」


「では?」


「同時に存在している事実を、片方だけにしないだけです」


部屋が静かになった。


透は続けた。


「人類は約束を守らなかった」


「それも事実です」


「でも、その技術によって戦争後の社会を再建した人間たちがいた」


「それも事実です」


「そして、その人間たちの多くは、最初の約束を破った人間ではありません」


透は資料を閉じた。


「私は、その二つを一つにするつもりはありません」


誰も答えなかった。


その後、透は当時の約束に関する記録をすべてまとめて説明した。


塔側が技術を提供した理由。


人類側が共同研究を受け入れた理由。


そして、次の通信予定。


その予定の日付を最後に、塔との通信記録は途絶えている。


「だから、塔は待っていたはずです」


透が言った。


「人類からの連絡を」


「しかし、人類側には、もう連絡できる人間も組織も残っていなかった」


統治側の代表は、長い沈黙のあとで言った。


「それを、塔に伝える必要がありますね」


「はい」


「あなたが?」


「私が話します」


透はそう答えた。


その瞬間だった。


会議室の照明が一度だけ暗くなった。


すぐに戻った。


誰かが端末を確認する。


「電力系統に異常はありません」


「研究区画も同じです」


透は何も言わなかった。


視線だけが、机の上の装置へ向いていた。


装置の表示が変わっている。


昨日まで存在しなかった表示だった。


透は近づいた。


そこには、一つの数値が表示されていた。


そして、その数値はゆっくりと変化していた。


小さくなっている。


透はそれを見ていた。


「距離……」


誰かが呟いた。


透は否定しなかった。


その装置は、今まで一度もこの表示を出したことがなかった。


けれど、透には分かった。


これは故障ではない。


通信でもない。


もっと単純な反応だった。


かつて自分が塔へ戻るために使っていた装置が、塔の接近を検知している。


透は窓の外を見た。


空には何も見えない。


それでも、もう時間はそれほど残されていない。


塔は、こちらへ近づいていた。

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