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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五十五章 引き継いだ側

透は、翌朝から資料を探した。


これまで見ていたのは、


古い会社。


古い管理室。


古い窓口。


古い記録。


ほとんどが「引き継ぐ前」のものだった。


白石が言った通りなら、


次に見るべきなのは、


引き継いだ側の記録だった。


透は古い会社名を検索し、


そこから事業を引き継いだ会社を一つずつ確認した。


会社名は二度変わっていた。


最初の会社から、


別の会社へ。


そこからさらに、


現在の会社へ。


ただし、


すべての事業がそのまま移ったわけではない。


一部だけが移され、


一部は別会社へ売却され、


一部は廃止されている。


透はそこで手を止めた。


「引き継いだ」


という言葉だけでは、


何を引き継いだのか分からない。


会社を引き継いだのか。


仕事を引き継いだのか。


契約を引き継いだのか。


記録を引き継いだのか。


それとも、


名前だけが残ったのか。


透はそれぞれを分けて紙に書いた。


会社


仕事


契約


記録


名前


五つ。


そして、


その間に線は引かなかった。


昼過ぎ、透は現在の会社が公開している古い資料を見つけた。


事業承継についての説明だった。


そこには、


「一部業務を旧会社より承継」


と書かれている。


一部。


その一言が気になった。


透はさらに探した。


すると、


承継対象として、


「外部情報確認業務」


という名前が出てきた。


透の手が止まった。


その業務の説明には、


問い合わせ受付。


登録情報確認。


関係部署への照会。


記録更新。


という四つの項目があった。


昔の窓口と、


よく似ている。


だが、


完全に同じとは言えない。


透は画面を保存した。


その時、


見覚えのない古いPDFが目に入った。


タイトルは、


業務移管に伴う運用変更について


だった。


開く。


数ページしかない。


最初のページには、


移管日。


対象業務。


旧担当部署。


新担当部署。


そして、


最後のページに、


「旧窓口名称は、外部連絡上の混乱を避けるため、一定期間継続使用する」


と書かれていた。


透は画面を見つめた。


名前を残す。


人が変わっても。


部署が変わっても。


仕事の一部が移っても。


外部から見れば、


同じ窓口に見えるようにする。


それ自体は、


特別なことではない。


しかし、


記録を見る側にとっては、


意味が変わる。


透は紙に書いた。


同じ名前


↓


違う会社


↓


違う担当者


↓


似た仕事


その下に、


同じ人間とは限らない


と書く。


その時、


スマートフォンが鳴った。


女からだった。


「見つかった?」


「はい。少し」


「私も見つけました」


「何を?」


「弟の古いメールです」


透は黙った。


「会社を辞める前のもの?」


「はい」


「何と書いてありますか」


「短いです」


女は読み上げた。


「『窓口が変わっても、仕事が残っているなら、同じ名前が残ることがある』」


透は目を閉じた。


また同じ考えだった。


「それだけ?」


「もう一行あります」


「何ですか」


「『だから、名前を追うな。仕事を追え』」


透はしばらく何も言わなかった。


それは、


昨日自分が考えたことと、


ほとんど同じだった。


「そのメールは誰に送ったんですか」


「分からない」


「宛先は?」


「古いアドレスです」


「今も使われている?」


「使われていません」


「メールアドレスは残っていますか」


「はい」


「名前は?」


「あります」


透はすぐに尋ねた。


「どんな名前ですか」


女が答えた。


「昨日の封筒に書いてあった名前と同じです」


透は黙った。


偶然か。


同じ窓口だからか。


同じ仕事だからか。


それとも、


同じ人間なのか。


まだ分からない。


「メールの日付は?」


「弟が会社を辞める三日前です」


透は紙に書いた。


退職三日前


仕事を追え


封筒の名前


そして、


N―07


「メールの本文を、写真で送ってください」


「分かった」


少しして画像が届いた。


透は一文字ずつ確認した。


確かに、


「窓口が変わっても」


と書いてある。


そして、


「仕事が残っているなら」


という言葉。


その下に、


「同じ名前が残ることがある」


さらに、


「だから、名前を追うな。仕事を追え」


だった。


透はそこで気づいた。


このメールには、


人の名前が一度も出てこない。


ただ、


仕事。


窓口。


名前。


それだけだった。


透は女に電話をかけた。


「一つ確認したいです」


「何?」


「弟さんは、誰かを探していると言っていましたか」


「言っていました」


「その時、『人を探す』と言っていましたか」


女は黙った。


「……そう言えば」


「はい」


「『人を探す』とは言っていない」


透は待った。


「何と言っていたんですか」


「『確認したい』と言っていました」


透は以前の言葉を思い出した。


「あの人がまだいるなら、確認したい。」


あの時は、


誰か人を探しているのだと思っていた。


だが、


「いる」


という言葉が、


その人間そのものを意味するとは限らない。


その人が担当していた仕事。


その窓口。


その名前。


その記録。


何かがまだ残っているか。


それを確認したかった可能性もある。


透は言った。


「弟さんが確認したかったのは、人ではなかったのかもしれません」


女はしばらく黙っていた。


「じゃあ、何?」


「まだ分かりません」


「……そうだね」


電話が切れた。


透は椅子に座ったまま、


メールの画像を見続けた。


その時、


一つの言葉に気づいた。


「残る」。


仕事が残る。


名前が残る。


窓口が残る。


記録が残る。


人がいなくなっても、


何かが残る。


そして、


残ったものを見て、


そこにいた人間を想像してしまう。


それが、


記録を読む時の落とし穴なのかもしれない。


夕方。


透は白石に短いメッセージを送った。


弟が「仕事を追え」と書いていました。


しばらく返信がなかった。


やがて、


そうか。


とだけ届いた。


透は続けて送る。


あなたは、このことを知っていましたか。


数分後。


知らなかった。


透は画面を見た。


さらに一通。


ただ、彼が人そのものより、仕組みを見ようとしていたことは知っていた。


透はその文章を読んだ。


「仕組み」。


また新しい言葉が増えた。


しかし、


今度はすぐに調べようとはしなかった。


紙を一枚取り出す。


中央に、


仕事


と書く。


その下に、


窓口


名前


記録


人


と並べる。


そして、


それぞれの間に、


線ではなく、


小さな空白を残した。


まだ、


つながっていない。


つなげる必要もない。


ただ、


同じ資料の中に存在している。


それだけだった。


透は最後に、


一行だけ書いた。


「残っているものから、いなくなった人を決めない。」


書き終えた時、


女から新しいメッセージが届いた。


弟のメールに、もう一つありました。


透は開いた。


「もし仕事が残っているなら、誰がやっているかを見るな。」


その下に、


「何を引き継いだのかを見ろ。」


透は画面を見つめた。


そして初めて、


「引き継いだ側」を調べるという意味が、


少しだけ見えた。


人ではない。


会社でもない。


名前でもない。


何が、何から、何へ移ったのか。


そこを確認する。


透は新しい紙を取り出した。


左側に、


旧


右側に、


新


その間に、


今度だけは、


一本の線を引いた。

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