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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五十四章 窓口の向こう側

翌日、透は古い資料を持って、もう一度会社へ向かった。


前日に会った年配の男性に、確認したいことがあった。


受付で名前を伝えると、しばらくして男性が現れた。


「また何か見つかりましたか」


「はい。少しだけ」


透は資料を開いた。


「昔の外部窓口について、もう少し教えてください」


男性は紙を見る。


「まだ調べているんですね」


「はい」


「誰かを探している?」


透は少し考えた。


「人を探しています。でも、名前からではなく、仕事から探しています」


男性は少し笑った。


「それなら、昨日よりは話しやすいかもしれません」


「どういう意味ですか」


「名前は、人によって意味が変わるからです」


男性は椅子に座った。


「昔の窓口は、今のように一人の担当者を指していませんでした」


「では?」


「部署そのものだったり、担当業務だったりしました」


「名前が付いていた?」


「はい」


「その名前を、複数の人が使った?」


「あります」


透は頷いた。


「担当者が変わるたびに、名前を変える必要がなかった?」


「そうです」


「なぜ?」


「外部の人間が覚え直さなくて済むからです」


透はメモした。


名前を変えない理由=相手側の負担を減らすため


男性は続けた。


「それに、担当者の個人情報を外に出す必要もありません」


「つまり、名前を残すことで、人を隠すこともできる」


男性は少し考えてから、


「そういう見方もできます」


と答えた。


透はその言葉をそのまま書いた。


「では、古い記録に同じ名前が何度も出てくる場合、それは同じ人間とは限らない」


「はい」


「逆に、名前が違っても、同じ仕事をしている場合がある」


「あります」


「そうなると、記録を追う時には何を見るべきですか」


男性は資料の欄を指した。


「仕事内容です」


「仕事内容?」


「何を受け取って、何を確認して、どこへ回したか」


「名前ではなく?」


「名前は補助です」


透はその言葉を聞いた。


以前の自分なら、


名前こそ手がかりだと思っていた。


しかし今は、


名前は手がかりの一つに過ぎない。


男性は続けた。


「ただし、仕事内容も時期によって変わります」


「同じ窓口でも?」


「はい」


「なぜ?」


「会社が変わったり、契約が変わったり、担当範囲が変わったりします」


「では、昔と今で同じ名前、同じ住所でも、仕事が同じとは限らない」


「そういうことです」


透は紙に線を引いた。


名前


住所


会社


仕事


四つを別々にした。


男性がそれを見て言った。


「そうやって分けた方がいいと思います」


「分ける?」


「全部を同じものとして扱わないことです」


透は頷いた。


その時、男性が一枚の古い資料を取り出した。


「これは、昔の窓口を整理した一覧です」


透は受け取った。


古い紙だった。


日付。


窓口名。


業務。


引継ぎ先。


その中に、


昨日見た名前があった。


透は息を止めた。


「この名前……」


「知っていますか?」


「はい」


「そうですか」


透は表を追った。


その名前の横には、


外部確認窓口


と書かれている。


さらに右側。


引継ぎ先:第三者管理室


透の手が止まった。


「第三者管理室?」


「昔の部署名です」


「今は?」


「ありません」


「いつなくなりましたか」


男性は日付を見る。


「かなり前です」


「その仕事は?」


「別の部署に移ったと思います」


「どこですか」


男性は首を振った。


「分かりません」


透は少し考えた。


「では、この名前は?」


「どういう意味ですか」


「今も使われていますか」


「それは分かりません」


男性は少し困った顔をした。


「昔の名前が残っているからといって、今も使われているとは限りません」


「そうですね」


透は資料を見た。


そこには、


一つの名前が残っている。


しかし、


それが今も誰かを指しているのか。


仕事を指しているのか。


古い記録だけを指しているのか。


まだ分からない。


透は資料を返した。


会社を出る。


駅へ向かって歩いていると、女から電話が来た。


「今、どこ?」


「駅に向かっています」


「私も近くにいます」


「会いますか?」


「うん」


十分ほどして、二人は駅前で合流した。


女は封筒を持っていた。


「これ」


「何ですか?」


「昨日の封筒について、もう少し調べました」


透は受け取った。


「空の封筒ですよね」


「はい」


「何が分かったんですか」


「封筒の紙を調べたら、昔の会社で使っていたものと同じ種類でした」


「会社の備品?」


「たぶん」


「たぶん?」


「同じ種類の紙が、古い管理室にもあったそうです」


透は封筒を見た。


「同じ会社で使っていたから、弟が持っていた可能性もある」


「はい」


「でも、会社にあったものを誰かが持ってきた可能性もある」


「そう」


二人は歩きながら話した。


「それから、元同僚がもう一つ思い出しました」


「何を?」


「弟が会社を辞める前に、一度だけ『窓口が変わっても、名前は変わらないことがある』と言っていたそうです」


透は足を止めた。


「それを弟さんが言った?」


「はい」


「いつ?」


「会社を辞める少し前」


透は黙った。


その言葉は、


昨日の資料と重なった。


だが、


まだ重ね合わせない。


「弟は、その後何と言ったんですか」


「『だから、名前だけで探すと間違える』」


透は目を伏せた。


これまでの弟の言葉が、


少しずつ別の意味を持ち始めている。


「それから?」


「もう一つ」


「何?」


「『窓口を見れば、人が見えるとは限らない』」


透はその言葉を聞いて、


以前の言葉を思い出した。


見た人間と、


見られた人間は違う。


見ることと、


知ることも違う。


名前と、


人も違う。


そして、


窓口と、


人も違う。


それぞれが、


少しずつ違う。


女が言った。


「弟は、何かを調べていたんだと思う」


「はい」


「でも、何を?」


透はすぐに答えなかった。


「今のところ、仕事の仕組みだと思います」


「人ではなく?」


「人も含まれていると思います。でも、最初から人だけを見ていたわけではない気がします」


女は封筒を見た。


「じゃあ、このN―07も?」


「まだ分かりません」


「仕事の番号かもしれない」


「はい」


「窓口の番号かもしれない」


「はい」


「人に付いた番号かもしれない」


「それもあります」


女は少し笑った。


「何でもありだね」


透も少し笑った。


「だから、一つずつ分けています」


二人は駅前のベンチに座った。


しばらく人の流れを眺める。


誰かが電話をしている。


誰かが待っている。


誰かが仕事の話をしている。


誰かが別の誰かを待っている。


その中で、


名前を知らなくても成立する関係がいくつもある。


駅員。


店員。


配達員。


受付。


窓口。


人ではなく、


役割として認識されている。


透はふと思った。


もし人が役割として扱われるなら、


その人がいなくなっても、


役割だけは残る。


そして、


別の人間がそこに入る。


名前が残る。


仕事も残る。


記録も残る。


だが、


最初にそこにいた人間だけが、


記録の中から見えなくなることがある。


透は女に言った。


「次は、引継ぎの記録を探しましょう」


「引継ぎ?」


「はい」


「名前ではなく?」


「名前も見ます。でも、誰から誰へ仕事が移ったのかを見る」


女は頷いた。


「それなら、弟が見ていたものにも近づけるかもしれない」


「そう思います」


透は立ち上がった。


駅の時計を見る。


まだ夕方だった。


二人はそれぞれ別の方向へ歩き始めた。


数歩進んだところで、透のスマートフォンが震えた。


白石からだった。


引継ぎを調べるなら、古い管理室の資料だけでは足りない。


透は立ち止まった。


続いて、もう一通。


引き継いだ側の記録も見た方がいい。


透は画面を見つめた。


そして、


分かりました。


と返した。


今回は、


「どうして知っているのか」


とは聞かなかった。


その代わり、


新しい紙を取り出した。


中央に、


引継ぎ元


と書く。


その右に、


引継ぎ先


と書いた。


その間には、


まだ何も書かなかった。

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