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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五十二章 引き継がれた名前

透は、女から送られてきた画像を見つめていた。


古い封筒。


表には一つの名前。


その下に、


N―07


そして、さらに小さく、


引継ぎ後も変更しない


と書かれている。


透は画像を保存した。


すぐには女に返事をしなかった。


名前の横に番号がある。


それだけなら、今までにもあった。


しかし今回は、


「変更しない」


という言葉がある。


それが人の名前について書かれたものなのか。


仕事上の名前についてなのか。


それとも、別の何かなのか。


まだ分からない。


透は画像を拡大した。


封筒の紙は古い。


角が擦れている。


だが、文字は比較的新しいようにも見える。


少なくとも、封筒そのものと同じ時期に書かれたとは限らない。


透はそこに気づいた。


「この文字、いつ書かれたんだろう」


小さく呟く。


女に電話をかけた。


「もしもし」


「封筒を見ました」


「うん」


「その封筒、いつ見つけましたか」


「今日です」


「弟さんの部屋のどこに?」


「机の引き出しです」


「他のものと一緒?」


「古い書類の下にありました」


「封筒の中は?」


「空です」


「封は?」


「されていません」


透は少し考えた。


「封筒そのものを弟さんが使っていたかは分かりますか」


「分かりません」


「机の引き出しは、弟さんが最後に使った時から触っていませんか」


「何度か整理しています」


「この封筒を見たことは?」


「ありません」


「なるほど」


女が聞く。


「何か変?」


「変というより、確認したいことがあります」


「何?」


「封筒と文字が同じ時期に存在していたとは限りません」


「どういうこと?」


「古い封筒を別の時期に使った可能性があります」


「つまり、弟が昔から持っていたとは限らない?」


「はい」


女は黙った。


「でも、弟の部屋から出てきた」


「それだけでは、弟が使っていた証拠にはなりません」


「……そうだね」


透は続けた。


「ただ、一つ重要なのは」


「何?」


「『引継ぎ後も変更しない』という言葉です」


「うん」


「これは、人の名前より、仕事の名前に近いと思います」


女はしばらく黙っていた。


「じゃあ、弟が探していた二つの名前も?」


「可能性はあります」


「人じゃなくて、仕事?」


「役割かもしれません」


「でも、弟は人を探していた」


「はい」


「それなら矛盾しない?」


透は少し考えた。


「矛盾するとは限りません」


「どういうこと?」


「弟さんは、人を探すために、その人が担当していた役割を調べていたのかもしれません」


女は答えなかった。


「名前から人を探すと、名前に引っ張られる」


透は続けた。


「でも、役割から見れば、同じ名前を使った別の人間が見えてくるかもしれない」


「……なるほど」


電話の向こうで、


女が何かをめくる音がした。


「待って」


「はい」


「今、別の紙を見ています」


少し間があった。


「どうしました?」


「これ」


女の声が小さくなった。


「封筒の裏に、何か書いてある」


透は息を止めた。


「何と?」


「日付」


「いつ?」


「弟が会社を辞める少し前」


透は黙った。


「それだけ?」


「もう一つある」


「何ですか」


「『交代』」


透は紙とペンを取った。


「その横に何か?」


「ありません」


「名前は?」


「表と同じです」


「N―07も?」


「あります」


透はメモした。


使用名


N―07


引継ぎ後も変更しない


交代


そして、


弟が会社を辞める前


そこまで書いて、透は止まった。


「一つ確認していい?」


「はい」


「その名前は、弟さん本人の名前ではない?」


「違います」


「元同僚が知っている名前?」


「聞いてみます」


電話が切れた。


透は机に向かった。


これまで集めた名前を並べる。


兄の名前。


二つの名前。


N―07の横に書かれていた名前。


白石が言った、二つの名前を持つ人物。


そして、


今回の封筒に書かれた名前。


同じか。


違うか。


透は一つずつ照合した。


同じではない。


少なくとも、


文字としては別だった。


それなのに、


N―07が付いている。


ここで、


以前なら一つにまとめていた。


「同じ番号だから、同じ人間に関係している」


そう考えていた。


しかし今は、


それを止める。


同じ番号。


同じ役割。


同じ処理。


同じ人間。


それぞれは別の問題だ。


しばらくして、女から連絡が来た。


元同僚に確認しました。


透は返信する。


何と言っていましたか?


その名前を知っているそうです。


透は画面を見つめた。


続けて、


でも、弟が調べていた名前とは違います。


透は眉を寄せた。


どこで知った名前ですか?


返事は少し遅れた。


会社の外部窓口で使われていた名前だそうです。


透は椅子から立ち上がった。


外部窓口。


名前。


引継ぎ。


交代。


N―07。


それなら、


封筒に書かれた名前は、


人間そのものではなく、


会社の外部窓口だった可能性がある。


だが、それでもまだ分からない。


その窓口を誰が担当していたのか。


兄が何を確認したかったのか。


なぜ封筒が兄の部屋にあったのか。


そして、


なぜN―07が付いていたのか。


透は女に送った。


元同僚に、もう一つ聞いてください。


「その名前を使っていた人間」を知っているかではなく、

「その名前を使う仕事」を知っているか、と。


しばらくして、


分かった。


と返信が来た。


透はスマートフォンを置いた。


窓の外は暗くなっていた。


名前を探す。


人を探す。


役割を探す。


同じように見えて、


実際には違う。


そして、


人が交代しても残る名前がある。


名前が残っているから、


同じ人間がそこにいるとは限らない。


透は最後に、


机の上の紙へ一行だけ書いた。


「人が消えても、名前だけが仕事として残ることがある。」


その直後、


女から新しいメッセージが届いた。


元同僚から返事が来ました。


透は開く。


「その名前を使う仕事なら、今も残っているかもしれない」


その下に、


もう一行。


「でも、その仕事を今誰がしているかは分からない」


透は画面を見たまま、


しばらく動かなかった。


名前は残っている。


仕事も残っているかもしれない。


けれど、


そこにいる人間は分からない。


それなら次に探すべきなのは、


名前ではなく、


その名前が今も使われている場所だった。

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