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嘘の向こう側  作者: 亀


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第四十八章 聞くこと

白石と会う前に、透は質問を紙に書いた。


一つ目。


あの建物を、誰が使っていたのか。


二つ目。


その人間が、二つの名前を使っていたのか。


三つ目。


N―07と、その人間に関係があるのか。


四つ目。


弟が、その人間を知っていたのか。


そして最後に、


白石は、どこまで知っているのか。


透は五つ目の質問を見つめた。


これは、他の質問とは少し違う。


「どこまで知っているのか」という問いには、答えようと思えばいくらでも答えられる。


知っていること。


知らないこと。


忘れていること。


話したくないこと。


それらを外から区別することは難しい。


透は五つ目を消した。


代わりに、


「今まで話さなかったことは何か」


と書いた。


これなら聞ける。


答えが本当かどうかは、別の問題だった。


約束した場所は、以前にも何度か使った公園だった。


白石は先に来ていた。


ベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいる。


透が近づくと、白石は立ち上がった。


「来たか」


「はい」


「質問を考えてきた?」


透は少し驚いた。


「分かりましたか」


「顔を見れば分かる」


透は向かいのベンチに座った。


白石も座る。


しばらく、二人とも話さなかった。


透は紙を取り出した。


「最初に、あの建物について聞きたいです」


「いいよ」


「昔、誰が使っていましたか」


白石は少し考えた。


「複数いる」


「一人ではない?」


「そうだ」


「その中に、名前を二つ持っていた人がいた」


白石は頷いた。


「いた」


「本名と、仕事上の名前?」


「そうだ」


「その人は、管理室に出入りしていた?」


「していた」


透は紙に書いた。


「その人は、何をしていたんですか」


白石はしばらく黙っていた。


「人と記録をつなぐ仕事だ」


透の手が止まった。


「具体的には?」


「名前を確認する」


「名前だけ?」


「所属や住所も確認する」


「それを記録する?」


「場合による」


「誰のために?」


白石は少し遠くを見た。


「その情報を必要とする人間のためだ」


「会社?」


「会社だけじゃない」


「誰が必要としたのかは、分かりますか」


「全部は分からない」


透は頷いた。


そこは予想していた。


「その人が、二つの名前を使っていた理由は?」


「一つは個人としての名前」


「もう一つは?」


「仕事をする時の名前」


「なぜ分ける必要があったんですか」


白石はすぐには答えなかった。


「相手によって、必要な情報が違ったからだ」


「つまり、本名を知らなくても仕事はできる?」


「そういう場合もある」


透は一枚目の紙を見た。


「その人の仕事上の名前と、本名が同じN―07の横に書かれていたことはありますか」


白石は答えなかった。


透は急がなかった。


やがて白石が言った。


「ある」


透はペンを動かした。


「弟は、その書類を見ましたか」


「見た可能性はある」


「可能性?」


「私は、その場にいなかった」


「でも、知っている?」


「弟が調べていたことは知っていた」


「いつから?」


白石は少し考えた。


「会社を辞める少し前からだ」


透は顔を上げた。


「なぜ止めなかったんですか」


「止める理由がなかったから」


「危険では?」


「危険かどうかは、調べることだけでは決まらない」


透は白石を見た。


「何かを知ることで危険になる場合もあります」


「そうだな」


「それでも?」


「本人が知ろうとしているなら、私が勝手に止めることはできない」


その言葉は、以前聞いたものと似ていた。


自分で決めればいい。


透は次の質問へ進んだ。


「弟が南区へ行く前、誰かを見に行ったことを知っていますか」


白石の表情が少し変わった。


「その話は、誰から聞いた?」


「予定表です」


「そうか」


白石は少し黙った。


「『見るだけ』と書いてあった?」


「はい」


「なら、それは人を見るとは限らない」


透は聞いた。


「何を見た?」


「分からない」


「あなたも?」


「私も、その場にはいなかった」


透は頷いた。


「でも、弟が何を見ようとしていたか、予想はできますか」


白石は答えなかった。


しばらくして、


「一つだけ」


と言った。


「何ですか」


「弟は、人間そのものより、人間がどう記録されているかを気にしていた」


透は黙った。


「どうして?」


「本人に聞いたわけではない」


「では?」


「話を聞いた」


「誰から?」


白石は透を見た。


「昔、管理室にいた人間からだ」


「昨日の建物にいた人?」


「違う」


「別人?」


「たぶん」


「たぶん?」


「私は、その人間を直接見ていない」


透は少し驚いた。


「では、誰から聞いたんですか」


「人づてだ」


「それなら、その情報が正しいか分からない」


「そうだ」


白石はあっさり認めた。


透は紙を見た。


ここまで来ると、


白石もまた、


誰かから渡された情報を持っているだけなのかもしれない。


情報は、


一人から一人へ渡るたびに、


少しずつ形を変える。


「最後に、一つ」


透は紙を裏返した。


「剥がされた紙についてです」


白石の目が動いた。


ほんの一瞬だった。


「何のことだ?」


透は答えなかった。


白石を見た。


白石も透を見ている。


数秒の沈黙。


「どうして知っているんですか」


白石が先に聞いた。


「知っているとは言っていません」


「……そうだな」


透は続けた。


「弟のノートに、紙を一枚剥がした跡があります」


白石は黙った。


「そこに、『名』という文字の跡が残っていました」


「そうか」


「何か心当たりがありますか」


白石は長い間、答えなかった。


やがて、


「ある」


と言った。


透は待った。


「何ですか」


「昔、管理室では、人の名前を記録した紙を後から差し替えることがあった」


「なぜ?」


「情報が更新されたから」


「名前が変わった?」


「名前だけとは限らない」


「所属?」


「住所」


「仕事?」


「全部だ」


透は聞いた。


「元の紙はどうなりますか」


「破棄される場合もある」


「残す場合も?」


「ある」


「誰が決める?」


「その時の管理者だ」


透は少し考えた。


「では、弟のノートから剥がされた紙も、単なる書き直しの可能性がある?」


「可能性はある」


「誰かに見られたくなくて剥がしたとは限らない」


「そうだ」


透は頷いた。


これまでなら、


「剥がした」


という行動に理由をつけようとしていた。


だが、


ただ情報が更新された可能性もある。


その方が単純だった。


そして、単純だからといって正しいわけでもない。


「白石さん」


「何?」


「あなたは、弟が南区へ行った理由を知っていますか」


白石は黙った。


今度は、かなり長い沈黙だった。


「知らない」


透はその答えを聞いた。


そして、初めて、


それ以上追及しなかった。


白石が続ける。


「ただ、行く前に誰かを探していたことは知っている」


「誰を?」


「分からない」


「その人は、二つの名前を持っていた?」


「分からない」


「N―07と関係があった?」


「分からない」


透は頷いた。


五つの質問をして、


答えが出たものもあれば、


出なかったものもある。


しかし、一つだけ以前とは違っていた。


白石が「分からない」と言った時、


透はそれをすぐに疑いもしなかった。


同時に、


そのまま信じることもしなかった。


ただ、


今は分からない。


それだけを受け取った。


帰る前に、白石が言った。


「透」


「はい」


「君は最近、ずいぶん質問するようになったな」


透は少し考えた。


「前は、質問する前に答えを探していました」


「今は?」


「質問した後で、答えを探しています」


白石は少し笑った。


「それでいいと思う」


透は立ち上がった。


「白石さん」


「何?」


「『それでいい』と決めるのは、僕にさせてください」


白石は一瞬黙った。


そして、


「そうだな」


と答えた。


公園を出た後、透は一人で歩いた。


ポケットの中には、質問を書いた紙が入っている。


五つの質問。


答えが出たもの。


出なかったもの。


そして、


白石が知っていたこと。


知らなかったこと。


話さなかったこと。


それらを分けて考える。


全部を一つにしない。


駅に着く頃、透のスマートフォンが震えた。


女からだった。


弟のノートをもう一度確認しました。


続いて、


「名」の下に、もう一文字だけ残っています。


透は画面を見た。


「前」です。


透は足を止めた。


名。


前。


二つの文字を合わせれば、


「名前」。


だが、それだけではない。


女から、もう一通届いた。


でも、その二文字はつながっていません。


透は画面を見つめた。


一枚の紙が剥がされた跡。


残った文字。


そして、


つながっていない二文字。


透は返信した。


写真を送ってください。


数分後、画像が届いた。


透はそれを拡大した。


そこには確かに、


名


と、


少し離れた場所に、


前


が残っていた。


そして、その二つの文字の間には、


何かを強く消したような跡があった。

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