第356章 戻ってきた手紙
二日後の午後、棚に預けられていた封筒の一つが戻ってきた。
差出人から預かった手紙だった。
海は封筒を見た。
「早いですね」
湊が言った。
「はい」
「もう相手が見つかったんですか?」
「分かりません」
封筒には、新しい紙が一枚添えられていた。
――この手紙は、今は渡さないでください。
差出人の名前は書かれていた。
海は差出人に確認した。
しばらくして返事が来た。
――私が戻しました。
海は聞いた。
――理由を記録しますか。
返事は少し遅れて届いた。
――記録しなくていいです。
海はそのまま記録した。
――差出人本人が、手紙を渡さないことを希望した。
湊が言った。
「理由は残さないんですね」
「はい」
「理由を言わないことも意思なんですね」
「そうですね」
夕方、別の女性が来た。
以前返した手紙について話していた女性だった。
「昨日、また考えました」
「はい」
「やっぱり、もし戻ってきたら受け取ります」
「その記録は残っています」
「でも、一つ追加してください」
「何ですか?」
「戻ってきても、すぐには開けないと思います」
海は新しい記録を追加した。
――再び受け取る可能性がある。
――受け取った場合も、すぐに開封するとは限らない。
女性はそれを見て頷いた。
「前は、返したら全部終わると思っていました」
「今は違いますか?」
「終わったと思っていたことを、あとから考え直すこともあるんだと思いました」
海はそれ以上聞かなかった。
夜になると、手紙を受け取った男性から連絡が来た。
――今日も開けませんでした。
海は返信した。
――承知しました。
少しして、また届いた。
――でも、昨日より開けたいと思っています。
海はその言葉を記録した。
その直後、男性からもう一通届いた。
――だからといって、明日開けるとは限りません。
海はそのまま残した。
湊が記録を見て言った。
「気持ちが少し変わったけど、行動はまだ変わらない」
「はい」
「それも別々に記録するんですね」
「気持ちと行動が同じとは限りませんから」
その夜、差出人から預かった手紙は棚の中に戻された。
今は渡さない。
受取人が決まっていないからではない。
差出人自身が、今は渡さないと決めたからだった。
一方、すでに受け取られている手紙は、まだ本人の手元にある。
開けたいと思い始めた。
しかし、まだ開けていない。
海は二つの記録を並べた。
――渡さない。
――まだ開けない。
似たような言葉でも、意味は違っていた。
一つは送る側が止めたこと。
もう一つは受け取った側が止めていること。
翌朝、棚を開けると、
戻ってきた封筒の下に、また一枚の紙が置かれていた。
今度は名前があった。
ただし、その名前は、
以前使われていた古い名前だった。




