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嘘の向こう側  作者: 亀


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第355章 開けなかった理由

翌日、男性は来なかった。


海は連絡をしなかった。


「今日、開けるかもしれない」と言っていた。


それだけだった。


午後になって、短い連絡が届いた。


――開けませんでした。


海は返信した。


――承知しました。


少しして、もう一通届いた。


――開けなかった理由を記録してもいいですか。


海は答えた。


――はい。


しばらくして、文章が届いた。


――中身を知るのが怖かったからではありません。


海は続きを待った。


――中身を知ったあと、自分が何を思うのか分からなかったからです。


その下には、もう一行あった。


――知らないままでも、今の生活は続けられます。


海はその文章をそのまま記録した。


湊が横から見た。


「開けない理由が、怖いからじゃないんですね」


「本人はそう言っています」


「じゃあ、知りたくないわけでもない」


「そうですね」


「知りたいけど、今じゃない」


海は頷いた。


夕方、以前手紙を返した女性が戻ってきた。


「昨日の話、少し考えました」


「はい」


「やっぱり、返したことを後悔しているかどうか分かりません」


「分かりました」


「でも、もし今その手紙が戻ってきたら、たぶん受け取ります」


海は確認した。


「探してほしいですか?」


「いいえ」


「では、戻ってきた場合だけ?」


「はい」


海は記録を追加した。


――以前返却した手紙について、現在は再度受け取る可能性がある。


――本人から探すことは希望しない。


女性は記録を見た。


「これなら、今の気持ちに近いです」


その日の夜、別の男性が来た。


「昔の手紙について聞きたいんですが」


「はい」


「相手に渡してほしいです」


「相手の名前は?」


男性は古い名前を言った。


海は記録を確認した。


「この名前は、現在使われているか分かりません」


「知っています」


「現在の本人だと確認できていません」


「それでも渡したいです」


「なぜですか?」


男性は少し考えた。


「返事が欲しいわけじゃありません」


「では?」


「昔、渡せなかったから」


海は封筒を受け取った。


「今、渡すことだけが目的ですか?」


「はい」


「本人が受け取らなかった場合は?」


「それなら、戻してください」


「開封はしません」


「分かっています」


海は封筒を預かった。


「現在の名前を調べることはしません」


「それでいいです」


男性が帰ったあと、湊が言った。


「また手紙ですね」


「はい」


「最近、手紙ばかりです」


海は預かった封筒を棚に置いた。


「でも、同じではありません」


「渡したい人」


「受け取りたい人」


「開けない人」


「返した人」


「戻ってきたら受け取りたい人」


湊は笑った。


「全部違いますね」


「はい」


夜、最初の男性から連絡が届いた。


――まだ開けていません。


その後に続けて、


――でも、捨てるつもりもありません。


海はその言葉を記録した。


そして最後に、


――いつ開けるかは、まだ決めていません。


と書かれていた。


海は返事をした。


――承知しました。


その夜、二つの封筒が同じ棚に並んだ。


一つは、受け取った人がまだ開けていない手紙。


もう一つは、渡したい人が預けていった手紙。


どちらも、相手の手元にはまだ届いていない。


海は棚を閉じた。


明日、誰かの気持ちが変わるかもしれない。


変わらないかもしれない。


それでも、記録はその時々の言葉を残していく。

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