第354章 開ける人を決める人
翌朝、男性がまた来た。
海は顔を上げた。
「手紙のことですか?」
「はい」
男性は椅子に座った。
「昨日、もし自分で開けられなかったら、誰かに開けてもらえるか聞きました」
「はい」
「考えてみたんです」
「何をですか?」
「誰かに開けてもらうなら、誰がいいのか」
海は黙って待った。
「一人だけ思い浮かびました」
「その人に頼みますか?」
「まだです」
「では、名前を記録しますか?」
男性は首を横に振った。
「名前を記録すると、その人を探すことになるかもしれない」
「分かりました」
「だから、名前は残さないでください」
海は紙をしまった。
「ただ、条件だけ残したいです」
「どんな条件ですか?」
男性は少し考えた。
「もし自分が開けられないと思ったとき、その人に相談する」
「開けてもらうことまで決めますか?」
「いいえ」
「相談するだけ?」
「はい」
海は記録した。
――本人が開封できない場合、特定の人物に相談する可能性がある。
――人物の名前は記録しない。
男性は記録を読んだ。
「これでいいです」
「手紙は?」
「持っています」
「今日、開けますか?」
男性は笑った。
「まだ分かりません」
男性が帰ったあと、湊が言った。
「前は『受け取る』か『受け取らない』かでした」
「はい」
「今度は『開ける』か『開けない』かになった」
「そうですね」
「でも、間に『誰かに相談する』が入った」
海は頷いた。
「決め方も一つではありません」
昼過ぎ、一人の女性が訪ねてきた。
「以前、手紙を返したことがあります」
海は記録を確認した。
「はい」
「そのときは、もう必要ないと思っていました」
「今は違いますか?」
「少しだけ」
女性は古い紙を取り出した。
「これ、返した手紙の控えです」
海は紙を受け取った。
「中身は見ていいですか?」
「いいえ」
「分かりました」
「内容ではなくて、返したという事実だけ残したいです」
海は頷いた。
「現在、もう一度受け取りたいですか?」
女性は考えた。
「分かりません」
「探してほしいですか?」
「それも分かりません」
「では、何を残しますか?」
女性はしばらく考えた。
「以前は返した」
「はい」
「今は、返したことを後悔しているかもしれない」
海はその言葉をそのまま記録した。
女性は紙を見て言った。
「『かもしれない』まで書くんですか?」
「今の言葉ですから」
女性は少し笑った。
「じゃあ、それで」
夕方、手紙の差出人から連絡が来た。
――受取人は、手紙を開けましたか。
海は答えた。
――まだ開けていません。
少しして、返事が届いた。
――そうですか。
それだけだった。
しばらくして、また一通届いた。
――もし開けなくても、返事をする必要はありません。
海はその文章を読んだ。
差出人は手紙を渡したかった。
受取人は手紙を受け取った。
しかし、開ける義務はない。
海はその内容を記録した。
夜、男性がもう一度連絡してきた。
――明日、開けるかもしれません。
海は返信した。
――分かりました。
少しして、男性から続けて届いた。
――でも、開けないかもしれません。
海はそのまま記録した。
――明日、開封する可能性がある。
――開封しない可能性もある。
その二つを、どちらか一つに決める必要はなかった。
翌日の予定も、
手紙の中身も、
まだ開かれていない。




