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嘘の向こう側  作者: 亀


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第348章 受け取る前の確認

翌朝、海は前日に届いた手紙を棚から取り出した。


差出人は、手紙を渡したいと言っている。


受取人も、手紙を受け取りたいと言っている。


それでも、海はまだ封筒を渡さなかった。


湊が不思議そうに見ていた。


「二人とも受け取りたいと言っているのに?」


「はい」


「何が足りないんですか?」


「本人が、今もその名前で手紙を受け取るかどうかです」


「名前が違うだけなら、本人かどうか確認すればいいんじゃないですか?」


「確認すること自体が、相手の現在を知らせることになるかもしれません」


湊は少し考えた。


「では、どうするんですか?」


「受け取りたいという意思だけを、先に残します」


海は新しい記録を作った。


――現在の名前で手紙を受け取る意思があるか未確認。


――本人の意思を確認するまでは開封しない。


その日の午後、手紙を受け取りたいと言っていた男性が再び来た。


「まだありますか?」


「あります」


「受け取れますか?」


「まだ確認が必要です」


男性は少し残念そうだった。


「差出人も渡したいと言っているんですよね?」


「はい」


「それなら、もういいんじゃないですか?」


海は答えなかった。


男性は椅子に座った。


「何を確認するんですか?」


「今の名前で受け取るかどうかです」


男性は黙った。


「……分かりました」


「もし、今の名前を知られたくないなら?」


「その場合は?」


「手紙を渡さない方法もあります」


男性はしばらく考えた。


「それなら、今は渡さなくていいです」


「気持ちが変わりましたか?」


「いいえ」


「では?」


「自分の名前を確認するために、誰かが今の生活を調べるのは嫌なんです」


海は頷いた。


「分かりました」


男性は立ち上がった。


「でも、差出人には、受け取りたいと思っていたことだけ伝えてください」


「名前は?」


「言わなくていいです」


「分かりました」


男性が帰った後、湊が言った。


「昨日とは違いますね」


「はい」


「受け取りたいけど、探されたくない」


「そういうことです」


夕方、差出人から連絡があった。


――本人が受け取りたいなら、渡してください。


海は返事を読んだ。


その後に一行だけ追加されていた。


――ただし、今の名前は聞かないでください。


海は少し黙った。


湊が言った。


「それなら、条件は合っていますね」


「一部は」


「一部?」


「受取人は、探されたくない」


「差出人も、今の名前を知らなくていいと言っている」


「はい」


「なら、どうして?」


海は手紙を見た。


「二人とも、相手の現在を知りたいわけではないからです」


湊はしばらく考えた。


「手紙だけを渡したい」


「はい」


その日の夜、海は一つの方法を考えた。


名前を確認せず、現在地も調べない。


受取人本人が自分から来た場合だけ、手紙を渡す。


翌朝、男性へ連絡した。


「手紙は、あなたが自分から受け取りに来た場合に限り、お渡しできます」


「名前を確認しますか?」


「必要な確認だけします」


「今の名前は?」


「聞きません」


男性はしばらく黙っていた。


「それなら、受け取りたいです」


「いつ来ますか?」


「まだ決めていません」


「分かりました」


電話が切れた。


昼過ぎ、差出人からも返事が来た。


――それでいいです。


海は手紙を元の封筒に戻した。


今度は、渡す条件が一つだけ決まった。


誰かが誰かを探して連れてくるのではなく、


受け取りたい本人が、自分で来ること。


その日の夕方、海は記録の最後に一行だけ書いた。


――手紙は、受け取りたい人の意思によって渡す。


そして封筒を棚に戻した。


まだ誰も受け取っていない。


けれど、今度は「渡さない」ためではなく、


「自分で受け取る」と決めた人が来るまで、


手紙はそこに置かれることになった。

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