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嘘の向こう側  作者: 亀


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第347章 開かなかった手紙

手紙は、そのまま一週間保管された。


誰も取りに来なかった。


誰も中身を確認しようとはしなかった。


差出人からは、「渡さなくていい」とだけ伝えられている。


ある朝、湊が封筒を持ってきた。


「これ、どうしますか?」


「まだ保管します」


「期限は?」


「決めていません」


「ずっと?」


「必要がなくなったときまで」


湊は封筒を見た。


「必要がなくなったって、どうやって分かるんでしょう」


「分からないこともあります」


その日の午後、一人の老人が訪れた。


「古い手紙について聞きたい」


海は封筒の棚を確認した。


「どの手紙ですか?」


老人は差出人の名前を言った。


海は少し考えた。


「その人から、以前こちらに手紙が届いています」


「まだありますか?」


「あります」


老人は安心したように息を吐いた。


「渡してほしい」


海は老人を見る。


「宛先の人は、今その名前を使っていません」


「分かっています」


「本人だと確認できますか?」


「たぶん」


「たぶん?」


老人は頷いた。


「昔から知っています」


「今も連絡がありますか?」


「ありません」


「では、本人が受け取りたいかどうかは?」


老人は黙った。


「分かりません」


海は封筒を出さなかった。


「本人の意思が確認できるまでは渡せません」


老人は少し不満そうだった。


「手紙一通ですよ」


「はい」


「読めば済む話でしょう」


「読むかどうかを決めるのは、受け取る人です」


老人はしばらく海を見ていた。


やがて、


「分かりました」


と言って帰った。


夕方、今度は別の男性が来た。


「手紙を受け取りたい」


「誰からのものですか?」


男性は差出人の名前を言った。


海は棚を確認した。


同じ差出人だった。


「あなたは、その人とどういう関係ですか?」


男性は答えなかった。


「名前だけ確認できますか?」


「はい」


男性が名乗った。


古い手紙の宛先に書かれていた名前とは違った。


しかし、昔使っていた可能性はある。


「今は別の名前を使っていますか?」


「はい」


「そのことを手紙の差出人は知っていますか?」


「分かりません」


海は手紙を見せなかった。


男性は言った。


「中身だけ知りたい」


「あなた宛てであることが確認できていません」


「昔の名前が書いてあるだけでしょう?」


「それが本人だと確認できないので」


男性はしばらく黙った。


「では、差出人に聞いてください」


「差出人は、渡さなくていいと返事しています」


男性は驚いた。


「そうですか」


「はい」


男性は椅子に座った。


「なら、仕方ないですね」


「必要なら、あなたの希望を記録できます」


「何を?」


「手紙を受け取りたいという希望です」


男性は少し考えた。


「それだけお願いします」


海は記録した。


男性は帰る前に、


「でも、開けないでください」


と言った。


「はい」


「中身を知りたいけど、自分から開けるのも怖いんです」


海は頷いた。


男性が帰ったあと、湊が言った。


「受け取りたいのに、開けてほしくない」


「はい」


「変わっていますね」


「そうかもしれません」


「手紙って、渡されたら読むものじゃないんですか?」


海は封筒を見た。


「読まないこともできます」


夜になって、差出人から新しい連絡が来た。


――やっぱり、手紙を渡してください。


海は一瞬、手を止めた。


昨日とは違う。


差出人の意思が変わっていた。


ただし、今度は宛先の人が受け取りたいかどうか分からない。


海はすぐには渡さなかった。


新しい記録を作った。


――差出人は、手紙を渡すことを希望する。


その下に、


――受取人の意思は未確認。


と書いた。


翌朝、海は封筒を棚に戻した。


手紙はまだ開かれていない。


差出人は渡したい。


受取人は受け取りたいと言った。


それでも、まだ渡せない。


二人の意思が初めて同じ方向を向いたように見えても、確認しなければならないことは残っていた。


海は封筒を閉じたまま、棚の奥へ戻した。

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