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嘘の向こう側  作者: 亀


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第343章 返事を受け取らない人

翌朝、海は一枚の紙を封筒から取り出した。


表には、


――生きている。


裏には、


――返事は、これだけです。


と書かれている。


海はしばらく紙を見ていた。


その日の昼、湊が来た。


「まだ、それを調べているんですか?」


「調べてはいません」


「でも、ずっと見ています」


「誰が書いたのか分からないので」


「分からないままでは、記録できない?」


「記録はできます」


海は紙を見せた。


「ただ、誰の記録にするかは決められません」


湊は紙を読んだ。


「じゃあ、紙そのものの記録にすればいい」


海は少し考えた。


「それならできます」


新しい記録が作られた。


――差出人不明。


――宛先不明。


――「生きている」と記載。


――裏面に「返事は、これだけです」と記載。


それだけだった。


午後になって、父を探していた少年が来た。


「少しお願いがあります」


「何でしょう?」


「父が探していた人から、もう返事が来たとしても、僕には伝えなくていいです」


海は顔を上げた。


「昨日とは違いますね」


「はい」


少年は苦笑した。


「昨日までは、知りたかったんです」


「今は?」


「知らないほうが、父のことをそのまま覚えていられる気がします」


海は理由を聞かなかった。


少年は続けた。


「父が何を考えていたのか、全部知る必要はないと思いました」


「分かりました」


「でも、一つだけ伝えてください」


「誰に?」


「もし、その人が父のことを覚えているなら」


少年は少し間を置いた。


「父も、最後までその人のことを覚えていた、と」


海は頷いた。


「それは伝えていいですか?」


「はい」


「名前を使って?」


「父の名前だけで」


海は記録した。


少年は立ち上がった。


「これで終わりにします」


「探すことを?」


「はい」


少年は入口まで歩いてから振り返った。


「たぶん、また気が変わるかもしれません」


「そのときは、また考えればいいと思います」


少年は頷いて帰った。


夕方、写真の女性が戻ってきた。


「一つ分かりました」


海は顔を上げた。


「何が?」


「写真の人が、十年前にここを離れた記録です」


「見つかったんですか?」


「はい」


女性は紙を差し出した。


「でも、名前が違います」


海は記録を見た。


古い名前と、新しい名前。


同一人物かどうかは書かれていない。


「本人だと思いますか?」


「分かりません」


女性は答えた。


「でも、写真の場所と移動した日が一致しています」


「確認したい?」


「はい」


「連絡を取りますか?」


女性はしばらく黙った。


「まだです」


「どうして?」


「新しい名前で暮らしているなら、その名前を追いかけていいのか分からないから」


海は紙を返した。


「では、記録だけ残しますか?」


「はい」


女性は紙を受け取った。


「これ以上は、自分で決めます」


夜になった。


海はその日の記録を整理した。


少年は、返事を知りたくなくなった。


女性は、探すことを決めたが、連絡はしなかった。


そして、名前を変えたかもしれない人物の記録だけが残った。


最後に、海は匿名の紙を確認した。


――生きている。


――返事は、これだけです。


海はそれを元の封筒に戻した。


翌朝、その封筒はなくなっていた。


誰かが持っていったのか。


別の場所へ移されたのか。


それとも、最初から別の封筒だったのか。


海には分からなかった。


机の上には、記録だけが残っていた。


――差出人不明。


――宛先不明。


――返事の内容のみ確認。


海はその記録を消さなかった。


分からないものを、分からないまま残しておくことも、今では珍しいことではなかった。

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