↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘の向こう側  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

341/590

第341章 誰に向けた言葉

翌朝、海は前日に届いた紙をもう一度確認した。


――生きている。


それだけだった。


名前もない。


日付もない。


宛先もない。


海は紙の裏側まで見たが、何も書かれていなかった。


湊が入ってきた。


「まだ、それを持っていたんですか?」


「はい」


「誰からのものか分からないんですよね」


「分かりません」


「なら、捨ててもいいんじゃないですか?」


海は紙を机の上に置いた。


「捨てていいかどうかも、分かりません」


湊は苦笑した。


「分からないことばかりですね」


「そうですね」


昼前、一人の女性が訪ねてきた。


「昨日、写真を預けた者です」


海は女性を迎えた。


「写真を返しましょうか?」


「まだ大丈夫です」


女性は少し迷ってから尋ねた。


「何か、連絡はありましたか?」


「ありません」


「そうですか」


女性は安心したようにも、残念そうにも見えた。


「実は、昨日の夜に少し考えたんです」


「何を?」


「もし、あの人がまだ生きていたら、私は何を言うんだろうって」


海は黙って聞いた。


「謝るのか、昔のことを聞くのか、それとも何も言わないのか」


「まだ決まっていない?」


「はい」


女性は写真の入った封筒を見た。


「でも、昔の私なら、会えれば全部分かると思っていたんです」


「今は?」


「会っても、分からないことは残る気がします」


海は頷いた。


「だから、もう少しこのままにしておきたいです」


「分かりました」


女性は帰った。


午後になって、昨日の少年がやって来た。


「一つ聞いてもいいですか?」


「はい」


「昨日の人は、本当に『生きている』と言ったんですか?」


「はい」


「本人が?」


「そのように書かれていました」


少年は少し考えた。


「でも、その人が誰なのかは分からない」


「はい」


「じゃあ、父が探していた人かどうかも?」


「確認できていません」


少年は黙った。


「それなら、僕はその言葉を父のこととして受け取らないほうがいいですね」


「そう思うなら」


少年は頷いた。


「ただ、昨日聞いた話だけは覚えておきます」


「記録には?」


「残さなくていいです」


少年が帰ったあと、湊が言った。


「もしかしたら、あの紙は少年に向けたものだったんじゃないですか?」


海は紙を見た。


「可能性はあります」


「じゃあ、渡してあげたほうが」


「誰の言葉か確認できていません」


「でも、本人が受け取りたいかもしれない」


「そうですね」


湊は少し黙った。


「じゃあ、どうするんですか?」


海は紙を封筒から取り出した。


「本人が知らないままでもいいと思います」


「知らないほうがいい?」


「そういう意味ではありません」


海は紙を机に戻した。


「知ることも、知らないことも、本人が選べるようにしておきます」


夕方、今度は一人の老人が訪ねてきた。


「昔の記録を確認したい」


「どの記録ですか?」


老人は日付を言った。


海が調べると、そこには一つの名前があった。


「この人は、十年前にここにいました」


「今は?」


「分かりません」


老人は名前を見つめた。


「この人から、昔、一枚の紙をもらったんです」


「どんな紙ですか?」


老人は懐から折り畳まれた紙を出した。


海が見る。


そこには、短い言葉が書かれていた。


――生きている。


海は一瞬、動きを止めた。


「これは、いつ受け取ったんですか?」


「十年前です」


「誰から?」


老人は先ほどの名前を指した。


海は黙った。


昨日届いた匿名の紙と、同じ言葉だった。


しかし、筆跡は違う。


老人は紙をしまった。


「この人は、今も生きていますか?」


海は答えた。


「分かりません」


「そうですか」


老人はそれ以上聞かなかった。


帰り際、老人は振り返った。


「昔は、これだけで十分だったんです」


「何がですか?」


「生きている、と分かるだけで」


老人はそれだけ言って帰った。


海は一人になったあと、二枚の紙を並べた。


一枚は十年前のもの。


もう一枚は昨日届いたもの。


同じ四文字だった。


けれど、それだけでは同じ人が書いたとは言えない。


海は二枚を同じ封筒には入れなかった。


一枚は過去の記録。


もう一枚は、まだ誰のものか分からない言葉。


それぞれ別の場所にしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。