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嘘の向こう側  作者: 亀


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第333章 訂正した人

老人が訂正を申し出てから、三日が過ぎた。


その間、古い記録には何も変化がなかった。


元の記録はそのまま残され、その横に訂正の申し出だけが追加されていた。


その日の午後、老人がまた来た。


「もう一つ、直したいところがあります」


海は前回の記録を取り出した。


「どこですか?」


老人は紙を指差した。


「ここです」


そこには、


――その日に、私は別の場所にいた。


と書かれていた。


「この部分を?」


「はい」


「何に変えますか?」


老人はしばらく考えた。


「『別の場所にいたと思う』にしてください」


海は顔を上げた。


「確信がなくなりましたか?」


「違います」


老人は首を横に振った。


「昨日、昔の知り合いに会ったんです」


「はい」


「その人と話していたら、私の記憶と違う話をされた」


「それで?」


「どちらが正しいのか、分からなくなりました」


海は訂正欄を見た。


「前回は確信していましたね」


「はい」


「今は?」


「今は、確信していたこと自体を訂正したい」


海は少し考えてから、老人の言葉を書き直した。


老人は紙を確認した。


「これでいいです」


「前の訂正は消しません」


「消さないでください」


「分かりました」


老人は立ち上がった。


「記憶って、こんなに簡単に変わるんですね」


海は答えなかった。


老人は少し笑った。


「でも、変わったのは記憶なのか、それとも私のほうなのか分かりません」


「そうかもしれません」


老人は帰っていった。


その日の夕方、今度は別の男性が訪れた。


「訂正された記録を見せてもらえますか?」


「どの記録ですか?」


「さっきの老人の記録です」


海は顔を上げた。


「どうして見たいんですか?」


「私も、その日に同じ場所にいたからです」


「老人とは知り合いですか?」


「昔の同僚です」


海は少し考えた。


「記録の内容を確認するには、本人の許可が必要です」


「私は事実を知っているだけです」


「それでもです」


男性は不満そうにした。


「でも、彼の記憶が間違っているかもしれない」


「その可能性はあります」


「だったら、私の記憶と照合したほうがいいでしょう」


海は頷いた。


「本人が同意すれば」


男性は黙った。


「本人に聞いてもいいですか?」


「はい」


「あなたからではなく、こちらから?」


「お願いします」


男性は帰った。


翌日、老人が来た。


「昨日、誰か来ましたか?」


海は少し考えた。


「あなたの記録について確認したいという人が来ました」


老人は驚かなかった。


「やっぱり」


「知っていましたか?」


「昨日、電話がありました」


「その人に会いたいですか?」


「今は会いたくありません」


「記録を照合することも?」


「まだ」


海は頷いた。


「では、その意思を記録します」


老人は少し迷った。


「一つだけ伝えてください」


「何を?」


「私の記憶が間違っているかもしれないことは、本人にも伝えていいです」


「分かりました」


「でも、今すぐ会うつもりはありません」


「それも伝えます」


老人は帰った。


その日の夕方、男性が再び来た。


「会うことはできますか?」


「今は本人が望んでいません」


男性は黙った。


「でも、私の記憶では――」


海が静かに遮った。


「それは、あなたの記憶として記録できます」


男性は海を見る。


「彼の記録を直すことは?」


「できません」


「なぜですか?」


「本人の記録だからです」


男性はしばらく黙っていた。


「では、私の記憶だけ残してください」


「分かりました」


「いつか本人が会いたいと言ったら、そのとき照合してください」


「はい」


男性は帰った。


海は二人の記録を別々に保管した。


同じ一日について書かれた二つの記憶。


どちらが正しいのかは、まだ分からない。


そして今のところ、


その二つを一つにする必要もなかった。

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