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嘘の向こう側  作者: 亀


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第319章 見たことのある顔

三日後の朝、受付の前で二人の男が話していた。


「その人、見たことがあります」


一人が言った。


「本当に?」


「たぶんです」


海が顔を上げると、二人は声を落とした。


「昨日の写真の人だろ?」


「分からない。でも、顔は似ていた」


「どこで見た?」


「北側の倉庫」


「いつ?」


「少し前」


海は作業を止めた。


「何の写真ですか?」


二人は顔を見合わせた。


「昨日、返却された荷物の中にあった写真です」


「その写真を見たんですか?」


「はい」


海は棚のほうを見た。


写真は保管袋の中に戻されている。


「誰かが見せたんですか?」


「昨日の女性です」


「本人が見せた?」


「そうだと思います」


海はそれ以上聞かなかった。


昼前、倉庫の作業員が受付に来た。


「さっき、僕のことを探している人がいました」


「誰ですか?」


「分かりません」


「何か言われましたか?」


「昔の名前を呼ばれました」


海は少し考えた。


「その名前は、今の名前と違いますか?」


「違います」


男は不安そうに続けた。


「昔の名前を知っている人は、もうほとんどいないんです」


「その人は何を聞いていましたか?」


「昔ここにいたか、誰と一緒に働いていたか」


「答えましたか?」


「いいえ」


海は頷いた。


「分からないことは、分からないと言って大丈夫です」


男は少し安心したようだった。


「でも、誰かが写真を見せていたみたいです」


海は確認した。


「写真の人物と、あなたは同じ人ですか?」


男は写真を見ていない。


「分かりません」


「では、確認しないでおきましょう」


男は不思議そうな顔をした。


「確認したほうがいいんじゃないですか?」


「確認する必要があるなら、本人の意思を聞いてからにします」


午後になると、昨日の女性が受付に来た。


「写真のことですか?」


海が聞くと、女性は頷いた。


「すみません」


「何かありましたか?」


「昨日、写真を知り合いに見せました」


「どうしてですか?」


女性は少し迷った。


「父を知っている人かもしれないと思ったからです」


「その人は、写真の人物を知っていましたか?」


「知っていると言っていました」


「本人ですか?」


「分かりません」


海は写真の保管袋を取り出した。


「写真を見せたこと自体を記録しますか?」


女性は首を振った。


「それは……」


言葉が止まった。


「何か問題がありますか?」


「その人に、父のことを知らないと言ってしまいました」


「実際には?」


「少し知っています」


海は黙っていた。


「でも、全部話したくなかったんです」


「それで、知らないと言った?」


女性は頷いた。


「嘘をつきました」


「どうして?」


「父のことを聞かれるのが嫌だったからです」


しばらく沈黙が続いた。


「その嘘で、誰かが困りましたか?」


女性は首を振った。


「今のところは」


「では、そのことも含めて、これからどうするか決めればいいと思います」


女性は俯いた。


「でも、その人が別の人に話したら?」


「それは分かりません」


「嘘をついたことが広まったら?」


「それも分かりません」


女性は苦笑した。


「なんだか、何も解決していませんね」


「そうかもしれません」


女性は少し考えた。


「じゃあ、昨日見せたことだけは伝えます」


「誰にですか?」


「その人に」


「何を?」


「写真を見せたのは私です、と」


「理由は?」


女性は首を振った。


「それは言いません」


海は頷いた。


「分かりました」


夕方、倉庫の男が再び来た。


「さっきの話、少しだけ分かりました」


海は聞いた。


「何が分かりましたか?」


「僕を探していた人は、昔の名前を知っていました」


「それだけですか?」


「はい」


男は少し笑った。


「でも、写真の人とは別人でした」


「どうして分かったんですか?」


「本人に聞きました」


海は頷いた。


「それなら、それでいいと思います」


男は帰っていった。


その日の最後に、湊が言った。


「写真一枚で、いろんな話が始まりましたね」


海は保管棚を見た。


「写真に書かれていることは少ないですから」


「だから、みんな自分の知っていることを足してしまう」


「そうですね」


「それが間違っていることもある」


「あります」


「でも、全部が嘘というわけでもない」


海は少し考えた。


「見たことがある、という記憶だけは本当かもしれません」


湊は頷いた。


「でも、誰を見たのかは違うかもしれない」


その夜、写真は再び棚の奥にしまわれた。


そこには三人の顔が写っていた。


けれど、その写真を見た人たちは、それぞれ別の人物を思い浮かべていた。

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