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嘘の向こう側  作者: 亀


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第316章 開けた人

翌朝、封筒を保管している棚の前に、昨日の女性が立っていた。


海が声をかける前に、女性が振り返った。


「すみません」


「どうしました?」


「やっぱり、開けたいです」


海は記録を確認した。


「本人として、開封を希望しますか?」


「はい」


「昨日は、開けないと言っていました」


「分かっています」


女性は少し笑った。


「昨日の私は、開けたくなかったんです」


「今日は違う?」


「今日は、知りたいです」


海は保管袋を取り出した。


「開封すると、元には戻せません」


「はい」


「中身を読んだあとで、知らなかったことにはできません」


女性は少し黙った。


「それも分かっています」


海は封筒を机の上に置いた。


「では、ここで開けます」


女性は頷いた。


湊も少し離れたところで見ていた。


封筒の端を慎重に切る。


中には、二枚の紙が入っていた。


一枚目には、短い文章だけが書かれていた。


女性は読み終えるまで何も言わなかった。


二枚目を開いた。


そこには、父親の名前が書かれていた。


女性の手が止まった。


「……これだけですか?」


海は頷いた。


「はい」


手紙には、長い説明も、謝罪も、事情も書かれていなかった。


ただ、


「一度、話したい」


という一文が残されていた。


日付は十年以上前だった。


女性は何度もその文章を読み返した。


「父は、この手紙を読んだんでしょうか」


「分かりません」


「返事をしたかどうかも?」


「分かりません」


女性は封筒を裏返した。


そこには返事が届いた形跡はなかった。


「父は、この人を嫌いだと言っていました」


海は何も言わなかった。


「でも、この手紙を捨てなかった」


「はい」


「もしかしたら、話したかったのかもしれません」


「そうかもしれません」


女性は手紙を折りたたんだ。


「でも、話したくなかったのかもしれませんね」


「それも、分かりません」


女性は小さく笑った。


「本当に、何も分からないですね」


海は頷いた。


「分かるのは、手紙が届いたことと、ここに残っていたことだけです」


女性はしばらく黙っていた。


「これ、持って帰っていいですか?」


「所有者として確認できたので、渡せます」


女性は手紙を受け取った。


「ありがとうございます」


帰る前に、女性は振り返った。


「昨日まで、父が何を考えていたのか知りたかったんです」


「はい」


「でも、今は少し違います」


海は待った。


「父が何を考えていたのかは、もう分からない」


女性は手紙を胸元にしまった。


「分からないままでも、いい気がします」


女性が帰ったあと、湊が封筒を片付けた。


「結局、答えは書いてなかったですね」


「そうですね」


「手紙を開けたら、何か分かると思っていました」


海は空になった封筒を見た。


「知りたいことが、全部書いてあるとは限りません」


湊は頷いた。


午後になると、別の仕事が入った。


今度は新しく届いた荷物の宛名についてだった。


「この人、名前が違います」


担当者が言った。


海が確認すると、現在の登録名と、荷物に書かれた名前が一致していない。


「本人は?」


「同じ人だと言っています」


「確認できる記録は?」


「古い住所だけです」


海は本人を呼んだ。


男は荷物を見ると、少し困った顔をした。


「昔の名前です」


「今は使っていませんか?」


「使っていません」


「荷物を受け取りますか?」


男は少し考えた。


「はい」


「古い名前の記録を残してもいいですか?」


男は頷いた。


「ただ、今の名前と同じ人だと他の人には言わないでください」


「分かりました」


海は荷物を渡した。


手紙も、名前も、記録も。


そこに書かれていることだけで、すべてが分かるわけではない。


それでも、その人が今どうしたいのかを確認することはできる。


その日の最後に、海は新しい記録を一つ残した。


「過去の記録は、現在の意思を決めるものではない。」


それだけを書いて、筆を置いた。

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