第315章 知りたい人
数日後、封筒のことを知っている別の人物が受付を訪れた。
「例の手紙ですが」
海は顔を上げた。
「はい」
「まだありますか?」
「あります」
男は少し安心したように息を吐いた。
「開けましたか?」
「開けていません」
「どうしてですか?」
「開ける必要が確認できていないからです」
男は椅子に座った。
「僕は、中身を知りたいです」
「あなたに宛てたものですか?」
「違います」
「では、なぜですか?」
男はしばらく黙った。
「差出人を知っています」
海は待った。
「昔、その人のところで働いていました」
「手紙の宛先の人も知っていますか?」
「知っています」
「現在も連絡を取っていますか?」
「いいえ」
「どうして知りたいんですか?」
男は苦笑した。
「自分でも、よく分かりません」
海は封筒を見た。
「知りたいことと、知る必要があることは違うかもしれません」
「そうですね」
男は頷いた。
「でも、知らないままなのも嫌なんです」
「それも分かります」
「だから、開けてほしい」
「あなたには開封する権限がありません」
男は黙った。
「分かっています」
「それでも、知りたい?」
「はい」
「本人が知らなくても?」
男は顔を上げた。
「……それは」
そこで言葉が止まった。
しばらくして、男は首を振った。
「本人が知らなくていいと思っているなら、僕だけ知るのも違う気がします」
海は何も言わなかった。
男は立ち上がった。
「すみません。変なことを言いました」
「変ではありません」
「でも、結局、自分が知りたいだけだったんだと思います」
「そうかもしれません」
男は少し笑った。
「そういうことって、ありますね」
男が帰ったあと、湊が封筒を見ながら言った。
「知りたいだけでも、悪いことではないんですよね」
「知りたいと思うことと、実際に知ることは別です」
「じゃあ、知りたい気持ちはどうするんですか?」
「持っていていいと思います」
「でも、知れない」
「そういうこともあります」
その日の夕方、最初に封筒の所有者候補として確認された女性が再び来た。
「少し考えました」
海は彼女を見る。
「手紙のことですか?」
「はい」
彼女は椅子に座った。
「前は知りたくないと言いました」
「はい」
「でも、今は少し知りたいです」
海は記録を開いた。
「開封を希望しますか?」
「……まだ分かりません」
「では、何を知りたいですか?」
女性は考えた。
「誰から来たのかだけ」
「それなら確認できます」
海は封筒の差出人を確認した。
女性は名前を聞いた瞬間、黙った。
「知っている人です」
「はい」
「父の昔の友人です」
海はそれ以上説明しなかった。
女性はしばらく俯いていた。
「父は、その人の話をしたことがあります」
「どんな話でしたか?」
「一度だけです」
女性は笑った。
「父は、その人のことを嫌いだと言っていました」
「そうですか」
「でも、嫌いな人の手紙なら、どうして取っておいたんでしょう」
海は答えなかった。
女性も答えを求めているわけではなかった。
しばらくして、彼女は言った。
「やっぱり、今日は開けません」
「分かりました」
「いつか、開けるかもしれません」
「そのときは?」
「そのときに決めます」
女性は帰っていった。
夜、湊が封筒を保管袋に戻した。
「今日は、少し進みましたね」
海は頷いた。
「知りたい人が増えただけかもしれません」
「それも進んだことじゃないですか?」
海は少し考えた。
「そうかもしれません」
棚の中には、まだ開けられていない手紙がある。
けれど、最初は誰も知ろうとしなかった。
今は、知りたいと思う人がいる。
それでも、開けるかどうかは決まっていない。
その違いだけが、その日の記録として残された。




