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嘘の向こう側  作者: 亀


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第三十一章 確認されなかった日

翌日の午後。


女から連絡が来た。


『調べた』


透はすぐに電話をかけた。


「何か分かりましたか?」


「弟の所在確認が不要になった日」


「いつですか?」


女は少し黙った。


「南区へ行った日じゃなかった」


透は黙った。


「その三日前」


「三日前?」


「うん」


「その時、弟さんはどこにいたんですか?」


「会社にいた」


透は眉を寄せた。


南区へ行く前。


会社にいた。


それなのに、その時点ですでに所在確認が不要になっていた。


「誰が処理したか分かりますか?」


「名前はない」


「部署は?」


「管理部」


「管理部の誰かは?」


「分からない」


透は窓の外を見た。


「その記録、見せてもらえますか?」


「今から会える?」


「はい」


一時間後。


二人は駅近くの公園で会った。


女は紙を一枚持っていた。


「これ」


透は受け取った。


古い社内記録だった。


日付。


社員番号。


処理項目。


その横に、


所在確認:不要


と書かれている。


そして、さらに下に、


本人申告による


という文字があった。


透は顔を上げた。


「本人が、自分で確認不要にした?」


「そう読める」


「でも、弟さんはそんなことを言っていましたか?」


「聞いてない」


「この記録を見たことも?」


「今日初めて」


透はもう一度紙を見る。


本人申告。


その言葉だけなら、


弟自身が希望したように見える。


だが、本人が何を説明されていたのかは分からない。


何を選んだのか。


何を知らなかったのか。


そこまでは記録されていない。


「この処理をすると、何が変わるんですか?」


「会社から連絡を取る必要がなくなる」


「それだけ?」


「たぶん」


「たぶん?」


「記録には、それしか書いてない」


透は紙を折った。


「この会社、変ですね」


女は少し考えてから答えた。


「変というより、普通だったのかもしれない」


「普通?」


「書類には、必要なことだけを書くでしょう」


「はい」


「必要じゃないことは、書かない」


透は頷いた。


それは今まで何度も見てきたことだった。


記録が嘘をついているわけではない。


ただ、記録に残らない部分がある。


その部分を後から人が想像する。


そして、想像したものを事実のように扱う。


女が言った。


「弟が自分で申請したのか、会社に勧められたのか、それすら分からない」


「本人が選んだ可能性もある」


「うん」


「説明を受けて選んだ可能性も」


「うん」


「説明を十分に受けないまま選んだ可能性もある」


女は黙った。


「だから、記録だけでは分からない」


「そう」


透は紙を返した。


「でも、一つ分かった」


「何?」


「弟さんは、南区へ行ったから記録から外れたんじゃない」


「……そうだね」


「先に記録から外れて、その後で南区へ行った」


女は紙を見つめた。


「それって、どういう意味だと思う?」


透はすぐには答えなかった。


「まだ分かりません」


「南区へ行くために、自分から所在確認を不要にした?」


「それも可能性の一つです」


「誰かに勧められた?」


「それも」


「最初から戻るつもりがなかった?」


「分かりません」


女はため息をついた。


「分からないことばかり」


透は少し笑った。


「前よりは増えてます」


「何が?」


「分からないことが、どこにあるのか」


女も笑った。


「それ、役に立つ?」


「たぶん」


二人は公園のベンチに座った。


しばらく誰も話さなかった。


やがて女が言った。


「弟は、会社を辞める前に一度だけ私に言ったことがある」


「何を?」


「『自分がどこにいるかを、他人に決められるのは嫌だ』って」


透は顔を上げた。


「その時、どういう意味だと思いました?」


「仕事の話だと思った」


「今は?」


「分からない」


透は頷いた。


「それでいいと思います」


女は少し驚いた。


「いいの?」


「今のところは」


その時、透の端末が震えた。


白石からだった。


『管理室のことを調べているのか?』


透は画面を見た。


返信しようとして、指を止める。


女が聞いた。


「白石?」


「はい」


「何て?」


透は画面を見せた。


女は読んだ。


「知ってるんだね」


「みたいです」


「返事する?」


透は少し考えた。


そして、


『はい』


とだけ送った。


すぐに返信が来た。


『その場所に、もう一度行く必要はない』


透は画面を見つめた。


昨日までなら、


その言葉を命令として受け取っていたかもしれない。


今日は違った。


「何て?」


女が聞く。


「もう一度行く必要はない、と」


「行く?」


透は立ち上がった。


「行きます」


女が少し笑った。


「やっぱり」


「ただ、管理室を見るためじゃありません」


「じゃあ?」


透は端末をしまった。


「管理室を必要とした人を調べます」


女は頷いた。


二人は公園を出た。


その日の夕方。


透は一人で古い住所の周辺を歩いた。


管理室。


旧会社。


北側物流。


いくつもの名前が変わった場所。


だが、建物の近くにある小さな商店だけは、昔から残っていた。


店主に尋ねる。


「この辺りで、昔から働いていた人を知っていますか?」


店主は少し考えた。


「昔の人なら、何人かいるよ」


「物流関係の人は?」


「いる」


「第七管理室という場所を知っている人は?」


店主の手が止まった。


「……あれを知ってるのか」


透は頷いた。


店主は声を少し落とした。


「昔、あそこへ毎週同じ曜日に来る人がいた」


「誰ですか?」


「名前は知らない」


「どんな人?」


「会社の人じゃなかった」


「何をしていました?」


店主はしばらく考えた。


「人を待っていた」


「誰を?」


「毎回違う人だった」


透は黙った。


「ただ、一つだけ同じだった」


「何が?」


店主は店の奥を指差した。


「いつも、封筒を持っていた」


透の足が止まった。


封筒。


弟の部屋にあった封筒。


店主は続けた。


「その人、ある日から来なくなった」


「いつ頃ですか?」


店主は古い帳簿を開いた。


日付を確認する。


そして、


「この日だ」


と指した。


透は日付を見た。


弟が所在確認を不要にした日と、


同じだった。

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