↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘の向こう側  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

308/590

第308章 鍵を持つ人

 木箱が届いてから、十日が過ぎた。


 その間、誰も箱を開けなかった。


 倉庫では、いつもの仕事が続いていた。


 荷物は届き、配られ、記録される。


 人は来て、帰っていく。


 木箱だけが、棚の奥に残っていた。


 ある日の朝、一人の青年が受付に来た。


「昨日、古い荷物について聞いたんですが」


 職員が顔を上げる。


「どの荷物でしょうか?」


「名前が書かれていない箱です」


「木箱ですか?」


「はい」


 職員は少し警戒した。


「あなたは、その箱について何か知っていますか?」


「少しだけ」


「どなたですか?」


「昔、ここで働いていた人の息子です」


 職員が海を呼んだ。


 海が受付へ行くと、青年は小さく頭を下げた。


「父の荷物かもしれません」


「名前を教えてもらえますか?」


 青年が名前を告げた。


 それは木箱に書かれていた受取人の名前と同じだった。


「お父さんの名前ですか?」


「はい」


「本人は今どこに?」


「亡くなっています」


 海は黙った。


「いつ?」


「数年前です」


「この箱のことは知っていますか?」


「知りません」


「では、どうして父の荷物だと思ったんですか?」


 青年は少し考えた。


「父が、昔こういう木箱を持っていたのを覚えています」


「同じものですか?」


「分かりません」


 青年は箱を見せてもらった。


 蓋の端を指でなぞる。


「たぶん、これです」


「たぶん?」


「子供の頃に見ただけなので」


 海は箱を開けなかった。


「中身を確認してもいいですか?」


 青年が尋ねた。


「所有者の確認が必要です」


「父は亡くなっています」


「その場合でも、すぐには開けられません」


 青年は少し困った顔をした。


「では、どうすれば?」


「お父さんの荷物だと確認できる資料があれば」


「そんなものはありません」


「何か覚えていることは?」


 青年はしばらく考えた。


「父は、鍵を二つ持っていました」


「二つ?」


「家の鍵と、もう一つ」


「そのもう一つは?」


「知りません」


「どんな鍵でした?」


「小さい鍵です」


 海と湊が顔を見合わせた。


「その鍵は、今もありますか?」


「ありません」


 青年は首を振った。


「父が亡くなった後、家を片付けたときにも見つかりませんでした」


「そうですか」


「だから、箱の鍵かもしれないと思いました」


 海は木箱を見た。


「確認してみます」


 倉庫の記録を調べると、箱の中に入っている鍵についての情報はなかった。


 青年は翌日も来ると言って帰った。


 その日の午後、年配の男性がやってきた。


 以前、木箱の話をした男性だった。


「息子さんが来たそうですね」


「はい」


「そうか」


 男性は少し安心したようだった。


「何か知っていますか?」


 海が尋ねると、男性は首を振った。


「ただ、あの人が亡くなったとは知らなかった」


「昔から?」


「うん」


「どこにいると思っていたんですか?」


「どこかで暮らしていると思っていた」


 男性は笑った。


「人間なんて、会わなくなると、勝手に生きていると思ってしまうからね」


 その言葉を聞いて、湊が黙った。


「最後に会ったのはいつですか?」


「ずいぶん前だ」


「そのとき、何か話しましたか?」


「鍵の話をした」


「木箱の?」


「分からない」


 男性は首を振った。


「ただ、『大事なものは、開けられない場所に置く』と言っていた」


「それは木箱のことですか?」


「聞かなかった」


「どうして?」


「本人が言わなかったから」


 男性はそれだけ言って帰っていった。


 翌日。


 青年が再び来た。


 手には小さな袋があった。


「これを見つけました」


 袋の中には、古い鍵が一つ入っていた。


「昨日、家をもう一度探したんです」


 海が鍵を見る。


「父のものですか?」


「分かりません」


「どこにありました?」


「昔の机の引き出しです」


 鍵を木箱の鍵穴に近づける。


 形は合っていた。


 湊が息を止めた。


「開きますか?」


 海は青年を見る。


「開ける前に、確認しておきたいことがあります」


「何ですか?」


「中に何が入っているか、あなたは知りたいですか?」


 青年は少し黙った。


「……はい」


「理由は?」


「父が何を残したのか知りたい」


「もし、知らないほうがよかったと思うものが入っていたら?」


 青年は鍵を握り直した。


「それでも知りたいです」


 海は頷いた。


「分かりました」


 木箱を机の上に置く。


 青年が鍵を差し込んだ。


 ゆっくり回す。


 かちり、と小さな音がした。


 蓋が少し浮いた。


 誰もすぐには開けなかった。


 青年が海を見る。


「開けてもいいですか?」


「あなたが決めてください」


 青年はしばらく木箱を見つめた。


 そして、自分の手で蓋を開いた。


 中に入っていたのは、一冊の古いノートだった。


 それ以外には何もなかった。


 青年がノートを取り出す。


 表紙には名前が書かれていない。


 最初のページを開く。


 そこには、一行だけ記されていた。


 ――聞かれなかったことは、忘れたこととは違う。


 青年の手が止まった。


 海は、その続きを急かさなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。