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嘘の向こう側  作者: 亀


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第307章 聞いたことのない話

 翌週、倉庫に古い荷物が届いた。


 送り主の名前は書かれていなかった。


 受取人の欄には、すでに使われていない名前があった。


「また古い記録ですね」


 湊が箱を見ながら言った。


「いつ送られたものかも分からない」


 箱には日付もなかった。


 受付係が困った顔をする。


「これ、受け取っていいんでしょうか?」


「中身を確認しよう」


 箱を開けると、古い衣類と数冊の本、それから小さな木箱が入っていた。


 木箱には鍵がかかっていた。


「鍵は?」


「ありません」


 湊が箱を持ち上げた。


「壊しますか?」


「まだいい」


「誰のものか分からないですよ」


「だからこそ」


 海は箱を閉じた。


 まず、受取人として書かれている名前を確認することになった。


 しかし、その名前を知っている人はいなかった。


 記録にも住所がない。


 以前の職員に聞いても、覚えている人はいなかった。


 午後、年配の男性が倉庫へ来た。


「その箱のことを聞きました」


「ご存じですか?」


「名前なら知っています」


 男性は古い名前を口にした。


「昔、この近くで働いていた人です」


「この荷物の本人ですか?」


「それは分かりません」


「どんな人でした?」


 男性は少し笑った。


「よく本を読んでいた」


「家族は?」


「知らない」


「どこへ行ったかは?」


「知らない」


「それでも覚えているんですね」


「名前より、いつも持っていた本を覚えているんだ」


 男性は木箱を見た。


「もしかすると、それも本人のものかもしれない」


「中身は分かりますか?」


「分からない」


 男性はしばらく木箱を見つめていた。


「昔、一度だけ本人に聞いたことがある」


「何をですか?」


「何を入れているのか」


「答えは?」


「『自分でも忘れた』と言っていた」


 湊が笑った。


「そんなことあります?」


「あるんじゃないか」


 男性はそう言った。


「それ以上は聞かなかった」


 夕方。


 海は荷物について話し合うため、数人を集めた。


「このまま保管する」


 最初にそう決めた。


「受取人が見つかるまで?」


「見つかるかどうかも分からない」


「では、期限を決めますか?」


「決めたほうがいい」


 倉庫では、長期間引き取り手のない荷物をどうするかという規則があった。


 一定期間が過ぎれば、中身を確認し、再利用できるものは再利用する。


 ただし、個人情報や手紙などは別に保管する。


「この箱は?」


「鍵があるから、開けられない」


「壊す必要がありますね」


 湊が言った。


 海は木箱を見た。


「所有者が分からないから、簡単には決められない」


「でも、ずっと置いておくわけにもいかない」


「そうだね」


 そこで、年配の男性が言った。


「一つ、方法があります」


「何ですか?」


「鍵を探すんです」


「どこに?」


「分からない」


 皆が黙った。


 男性は少し笑った。


「本人が持っていたなら、どこかにあるかもしれない」


「でも、本人がもういないなら?」


「そのときは、見つからない」


 結局、その日は箱を開けなかった。


 翌日から、古い記録を調べることになった。


 鍵そのものを探すためではない。


 その人がどこにいたのかを確認するためだった。


 名前。


 仕事。


 住んでいた場所。


 受け取った物。


 返した物。


 しかし、記録を追うほど、情報は途切れていった。


 ある時期から、名前がなくなる。


 別の名前だけが残る。


 同じ人物なのかどうかも分からない。


 三日目。


 海は一枚の古い紙を見つけた。


 そこには、短い一文だけが書かれていた。


 ――鍵は、本人が必要としたときに渡す。


 誰が書いたのかは分からない。


 鍵がどこにあるのかも書かれていない。


 湊が紙を見た。


「これ、鍵のことですよね」


「たぶん」


「じゃあ、誰かが持っていた?」


「そうかもしれない」


「今も?」


「分からない」


 その日の夕方、木箱は元の棚に戻された。


 新しい記録が一つ追加された。


 ――所有者不明。


 ――内容確認未実施。


 ――開封理由なし。


 そして最後に、誰かが手書きで付け加えた。


 ――理由が見つかるまで、開けない。


 翌朝。


 その紙の下に、別の筆跡があった。


 ――理由が永遠に見つからなかったら?


 誰も答えなかった。


 木箱は、今日も閉じたままだった。

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