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嘘の向こう側  作者: 亀


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第302章 確認しない理由

 数日後、倉庫に新しい荷物が届いた。


 送り主の欄には、簡単な名前だけが書かれていた。


 受取人の名前もある。


 住所もある。


 しかし、住所の最後の部分だけが違っていた。


「これ、どっちですか?」


 受付の若い職員が海に聞いた。


「どこが?」


「旧区画の番号と、新しい区画の番号が混ざっています」


 海は紙を受け取った。


「送り主に確認した?」


「まだです」


「確認してみよう」


 職員が連絡を取る。


 しばらくして戻ってきた。


「送り主は、新しい区画だと言っています」


「じゃあ、そっちで」


「でも、受取人の古い記録では旧区画になっています」


「今の住所を優先しよう」


 職員は荷物を移した。


 その日の午後、受取人の女性が来た。


「荷物を受け取りに来ました」


「こちらです」


 女性は伝票を見た。


「あ……」


「何か違いますか?」


「住所が違います」


 職員が慌てた。


「申し訳ありません。送り主には確認しました」


「はい。送り主が間違えたんです」


「では、どちらが正しいでしょうか?」


 女性は少し迷った。


「今は新しい場所です」


「今は?」


「……少し前までは古い場所でした」


 職員が頷いた。


「では、新しい住所に修正しておきます」


「それでお願いします」


 女性は荷物を受け取った。


 帰り際、ふと振り返る。


「でも、前の住所も消さないでください」


 職員が止まった。


「必要ですか?」


「分かりません」


「では、どうしましょう」


「残しておいてください」


 女性はそう言って帰った。


 職員は海のところへ来た。


「今の話、どう記録します?」


「新住所を現在の住所として記録する」


「旧住所は?」


「変更履歴として残す」


「本人が残してほしいと言ったことも?」


「それは記録していいと思う」


「理由は?」


「本人がそう希望したから」


 職員は書き始めた。


 その日の夕方。


 別の問題が起きた。


 倉庫の端に置かれていた荷物の一つに、古い住所が書かれていた。


 新しい住所へ移された後も、ラベルだけが変更されていなかった。


「これ、誰かに直してもらいます?」


 湊が尋ねた。


「誰に?」


「前の管理担当者とか」


「もうここにはいない」


「じゃあ、今の担当者が直す?」


「荷物の中身を確認してからにしよう」


 湊は箱を開けた。


 中には衣類と数冊の本、それから一枚の封筒が入っていた。


「封筒があります」


「宛名は?」


「古い住所です」


 湊が海を見る。


「どうします?」


「開けない」


「でも、古い住所ですよ」


「それでも他人の手紙だから」


 湊は封筒を箱に戻した。


 その後、現在の住所を確認するため、荷物の持ち主に連絡を取った。


 しばらくして返事が来た。


 封筒は、その人自身が以前の住所で受け取るつもりだったものだった。


 ただ、引っ越したあとに受け取れなくなったらしい。


「じゃあ、本人に渡せばいいですね」


「そうだね」


「古い住所は?」


「封筒にはそのまま残す」


「新しい住所を書き足しますか?」


「本人が必要なら」


 湊は頷いた。


 夜になって、倉庫の記録担当が今日の変更をまとめていた。


 住所変更。


 旧住所。


 本人希望。


 未確認の情報。


 封筒の保管。


 いくつもの項目が並んだ。


 湊がその紙を見て言った。


「最近、住所一つでも、結構いろいろありますね」


「住所だけじゃないと思う」


「名前も?」


「名前も」


「仕事も?」


「たぶん」


「じゃあ、人そのものも?」


 海は少し考えた。


「人は、記録より多いと思う」


 湊は笑った。


「それ、記録担当としては困りますね」


「そうかもしれない」


 その翌日、掲示板に新しい紙が貼られた。


 誰が書いたのかは分からない。


 短い一文だけだった。


 ――変更されたものを、すべて消す必要はない。


 その下には、別の人の字で書き足されていた。


 ――でも、残されたものが現在だとは限らない。


 さらにその下に、もう一つ。


 ――では、現在とは誰が決めるのか。


 朝になって、海はその紙を見た。


 誰も答えを書かなかった。


 昼になっても、そのままだった。


 夕方、風で紙の端が少しめくれた。


 海はそれを元に戻した。


 質問は消さなかった。


 答えも書かなかった。

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