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嘘の向こう側  作者: 亀


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第299章 探さないという選択


 翌朝、昨日の荷物について、ひとつの連絡が入った。


 変更された送り先に荷物を送った人物が見つかったという。


 倉庫に来たのは、年配の女性だった。


「昨日、電話をしたのは私です」


 女性はそう言って、海に頭を下げた。


「どうして、名前を残さなかったんですか?」


 湊が尋ねた。


「残す必要がないと思ったんです」


「でも、荷物の送り先を変えています」


「はい」


「それなら、誰が変更したのか分からないと困ります」


 女性は黙った。


 海が聞いた。


「何か事情がありましたか?」


「ありました」


「話せますか?」


 女性は少し考えた。


「話したくありません」


 湊が少し驚いた顔をした。


 海は頷いた。


「分かりました」


「それでいいんですか?」


 女性自身が驚いたように尋ねた。


「今のところ、荷物は届いています」


「はい」


「誰かが困っているわけでもないなら、まずはそれでいいと思います」


 女性は黙っていた。


「ただ、次からは、変更したことだけは残してください」


「分かりました」


「理由まで書く必要はありません」


 女性は少し顔を上げた。


「理由を書かなくてもいいんですか?」


「必要なら聞きます」


「聞かれても、答えなくていい?」


「場合によります」


 女性は小さく笑った。


「難しいですね」


「そうですね」


 女性が帰ったあと、湊は海に尋ねた。


「どうして理由を聞かなかったんですか?」


「本人が話したくないと言ったから」


「でも、何か隠してるかもしれない」


「そうかもしれない」


「悪いことをしている可能性は?」


「あるかもしれない」


「それでも?」


「今の情報だけでは、そこまで判断できないから」


 湊は少し考えた。


「じゃあ、いつなら聞くんですか?」


「誰かが困るとき」


「今は?」


「今は、荷物が届いている」


「なるほど」


 湊はそれ以上聞かなかった。


 午後。


 昨日の送り状を確認していた海のところへ、最初の送り先の責任者が来た。


「昔の従業員と連絡が取れました」


「どうでしたか?」


「荷物のことは知りませんでした」


「では、名前を使われた?」


「本人はそう言っています」


「信じますか?」


 責任者は黙った。


「分かりません」


 海は少し笑った。


「そうですか」


「でも、本人は怒っていました」


「それは分かります」


「昔の名前を勝手に使われたと言っていました」


 責任者は古い記録を見た。


「こういうことが、最近多いんです」


「同じ名前を使われる?」


「名前だけじゃありません。昔の住所や、昔の仕事先も使われます」


「どうして?」


「そのほうが信用されるからでしょう」


 海は何も言わなかった。


 信用は、人が積み上げたものだ。


 けれど、その名前だけを借りることもできる。


 その人が何も知らないところで。


 責任者はため息をついた。


「だから、昔の知り合いを全部探したくなるんです」


「探さないほうがいい場合もあります」


「どうしてですか?」


「その人が関係していないなら、巻き込むことになるから」


「でも、原因を知りたい」


「はい」


「犯人も?」


「それも必要なら」


「必要なら?」


 海は答えた。


「誰かを探すこと自体が目的になると、最初に何を解決したかったのか分からなくなることがあります」


 責任者は黙った。


 その日の夕方、荷物は正式に元の送り先へ移された。


 変更先の女性は、それ以上何も言わなかった。


 そして、海たちも彼女の事情を追わなかった。


 その夜。


 倉庫の掲示板に、また一枚の紙が貼られた。


 連絡先や名前を知っていても、必要がなければ追跡しないこと。


 その下には、別の人が書いたらしい小さな文字があった。


 必要かどうかは、誰が決めるのか。


 海はその文字をしばらく見た。


 前にも似たような問いがあった。


 誰かが答えを書き込むことはなかった。


 翌朝、その紙はなくなっていた。


 破られたわけでもない。


 捨てられたわけでもない。


 誰かが丁寧に剥がして、掲示板の横に置いていた。


 海がそれを見つけたとき、湊が言った。


「誰かが消したんですか?」


「分からない」


「またですね」


「うん」


 海は紙を拾った。


 そして、捨てずに机の引き出しへ入れた。


 答えがないからといって、問いまでなくなるわけではない。


 ただ、それをどこに残すかは、また別の問題だった。

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