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嘘の向こう側  作者: 亀


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第二十九章 知っていた人

三人は、しばらく席を離れなかった。


白石は鍵を見ていた。


女は弟のメモを持っている。


透は、その二つを交互に見ていた。


最初に口を開いたのは白石だった。


「第七管理室は、昔から重要な場所だったわけじゃない」


「では、何のために?」


「記録を整理するためだ」


「どんな記録ですか?」


「人と物の移動記録」


透は少し考えた。


「普通の物流記録と同じでは?」


「最初はな」


白石はコーヒーに手を伸ばした。


「ただ、ある時から、人の移動が荷物の移動と同じ形式で記録されるようになった」


女が聞いた。


「人を荷物と同じように扱ったんですか?」


白石はすぐには答えなかった。


「そう見える記録は残っている」


「実際には?」


「私にも分からない」


透は白石を見た。


以前なら、その言葉に違和感を覚えたかもしれない。


だが今は違う。


分からないと言えること自体が、情報だった。


「N―07は、いつから使われていたんですか?」


「私が知っている限りでは、かなり前からだ」


「誰が作ったんですか?」


「知らない」


「誰が管理していた?」


「時期によって違う」


「では、白石さんは何を知っているんですか?」


白石は少し笑った。


「思ったより厳しい質問をするようになったな」


透は答えなかった。


白石は窓の外を見る。


「私は、管理する側にいたことがある」


女の表情が変わった。


「管理する側?」


「そう」


「弟にも関係していますか?」


「それは分からない」


女は黙った。


透は白石を見る。


「弟さんが南区へ行ったことを知っていましたか?」


「知っていた」


女が顔を上げた。


「いつから?」


「南区へ行く前から」


「どうして言わなかったんですか?」


白石は少し考えた。


「言えば、君たちは探しに行くと思ったからだ」


「だから隠した?」


「そう」


女は何も言わなかった。


透も黙っていた。


白石は続けた。


「ただ、私は弟さんが何をするつもりだったのかまでは知らなかった」


「本当に?」


女の声が少し強くなる。


「本当だ」


「では、なぜ止めなかったんですか?」


白石は答えなかった。


店内の音が遠く感じられた。


やがて白石が言った。


「止める理由がなかったからだ」


女は眉を寄せた。


「南区へ行くのに?」


「行くこと自体が悪いとは思っていなかった」


「でも、危険だったかもしれない」


「そうかもしれない」


「だったら――」


「危険かもしれないことと、止めるべきことは同じじゃない」


女は言葉を止めた。


透はその会話を聞いていた。


白石が正しいとも思わなかった。


女が正しいとも思わなかった。


ただ、二人が違う情報を持っていることだけは分かった。


白石は続けた。


「弟さんは、自分で調べたいことがあった」


「何を?」


「それは聞いていない」


「どうして?」


「聞かない方がいいと思ったからだ」


女は苦しそうに笑った。


「また、それですか」


「何が?」


「聞かない方がいい。知らない方がいい。あなたたちは、いつもそう言う」


白石は否定しなかった。


「そうかもしれない」


その時、透は自分のポケットに手を入れた。


N―07の鍵。


冷たい感触が指に触れる。


「白石さん」


「何だ?」


「この鍵は、何を開けるんですか?」


白石は透を見る。


「知らない」


「本当に?」


「少なくとも、今は分からない」


透は少し考えた。


「では、昔は?」


白石は沈黙した。


その沈黙が、答えの一部に見えた。


「昔は、知っていたんですね」


白石はしばらくしてから頷いた。


「知っていた」


女が聞いた。


「何を開ける鍵だったんですか?」


「保管庫だ」


「何が入っていた?」


「記録」


透は聞いた。


「人の?」


「人と物の両方だ」


「その保管庫は今もありますか?」


白石は首を横に振った。


「もうない」


「壊された?」


「分からない」


「では、記録は?」


「残っているものもある」


透は少し考えた。


「どこに?」


白石は答えなかった。


女が口を開く。


「また、隠すんですね」


「違う」


白石は静かに言った。


「私が知っている場所を、今ここで言わないだけだ」


「それは同じでしょう」


「そうかもしれない」


白石は女を見た。


「ただ、場所を知っていることと、そこへ行っていいことは別だ」


女は黙った。


透はその会話を聞いていた。


以前の自分なら、どちらかの言葉を信じようとしただろう。


今は違う。


白石が何かを隠している。


それは事実だ。


だが、それだけで白石が何を目的としているのかまでは分からない。


女も、弟のことをすべて話しているわけではない。


自分もそうだ。


三人とも、完全な情報を持っていない。


それでも、同じテーブルに座っている。


透は鍵を取り出した。


「この鍵、僕が持っていていいですか?」


白石は答えなかった。


女も何も言わない。


しばらくして、白石が言った。


「自分で決めればいい」


その言葉を聞いた瞬間、


透は少しだけ驚いた。


以前の白石なら、


「持つな」


と言ったかもしれない。


今日は言わなかった。


透は鍵を握った。


「では、持っておきます」


「分かった」


三人は店を出た。


駅前で白石とは別れた。


女と透だけが残った。


女が聞いた。


「あなたは、白石を信じてる?」


透はすぐには答えなかった。


「分かりません」


「前は?」


「信じていたと思います」


「今は?」


透は鍵を見た。


「信じるかどうかを、今すぐ決めなくてもいいと思っています」


女は少し笑った。


「そうだね」


二人は駅の反対方向へ歩き出した。


しばらくして、女が振り返った。


「透」


「はい?」


「私も、まだ言ってないことがある」


透は立ち止まった。


女は少し迷ったあと、


「でも、今日は言わない」


と言った。


透は頷いた。


「分かりました」


「聞かないの?」


「今は」


女は少し笑った。


そして二人は、それぞれ別の方向へ歩いていった。


その夜。


透は一人で部屋に戻った。


鍵を机の上に置く。


N―07。


何度見ても、ただの古い鍵にしか見えない。


だが、鍵そのものより気になることがあった。


白石は昔、この鍵が何を開けるのか知っていた。


それなのに、


今は知らないと言った。


嘘なのか。


記憶違いなのか。


それとも、


知っていたことを、もう自分の中から切り離したのか。


透には分からなかった。


だから、決めなかった。


鍵を引き出しにしまう。


そして、引き出しを閉めた。


今夜は、それだけでよかった。

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