第276章 言わなかったこと
三日目の朝。
少年はいつもより早く目を覚ました。
妹はまだ眠っている。
窓から入る光を見ながら、少年は部屋の中を見回した。
三日間だけ使うはずだった部屋。
荷物は少ない。
だから、出ていくことになっても、片付けるのに時間はかからない。
少年は妹を起こさないように外へ出た。
倉庫では、昨日教えてくれた男がすでに作業を始めていた。
「早いな」
「はい」
「今日で三日目だろ?」
少年はうなずいた。
「そうです」
男は箱を一つ渡した。
「じゃあ、これを数えてくれ」
少年は箱を開けた。
昨日よりは慣れている。
一つずつ確認していく。
「二十四個です」
「合ってる」
少年は少しだけ笑った。
昼前、責任者が倉庫に来た。
「今日で三日ですね」
少年は手を止めた。
「はい」
「妹さんは?」
「部屋にいます」
「体調は?」
「大丈夫です」
責任者はうなずいた。
「それなら、もう三日使ってください」
少年は驚いた。
「いいんですか?」
「まだ空いていますから」
「でも、最初は三日だけって」
「三日というのは、最初に確認するための期間です」
「何を確認するんですか?」
責任者は少し考えた。
「ここで暮らせるかどうか」
「僕は働けます」
「それだけじゃありません」
少年は黙った。
「妹さんが安全に過ごせるか。あなたが無理をしていないか。周りの人とうまくやれているか」
「……僕たち、いてもいいんですか?」
責任者は答えた。
「今のところは」
その言葉に、少年は少し安心した。
けれど、同時に聞いた。
「いつまでですか?」
「分かりません」
少年は顔を上げた。
「分からない?」
「ここにいる人たちの事情は、それぞれ違います。三日で出る人もいれば、何週間もいる人もいる」
「じゃあ、何をしたら出なくていいんですか?」
責任者は少し困った顔をした。
「出なくていい条件を決めているわけではありません」
「じゃあ、誰が決めるんですか?」
「そのときの状況を見て、みんなで決めます」
少年は黙った。
それは、以前いた場所とは違う答えだった。
以前は、誰かが決めた。
何をするか。
どこにいるか。
いつ戻るか。
ここでは、まだ決まっていない。
その日の夕方。
少年が妹と一緒に部屋へ戻ると、入口に一人の男が立っていた。
あの男だった。
以前の場所の管理をしていた男。
少年の足が止まった。
男も何も言わなかった。
妹が少年の服をつかんだ。
「お兄ちゃん……」
少年は妹の前に立った。
「何しに来たの?」
男は少し離れた場所に立ったまま答えた。
「話をしに来た」
「戻れって?」
「違う」
「じゃあ、何?」
男は手に持っていた袋を差し出した。
「これを渡しに来た」
少年は受け取らなかった。
「何?」
「君たちの荷物だ」
少年は黙った。
「前の場所に残っていたものを、まとめてきた」
「いらない」
「分かった」
男は袋を床に置いた。
「必要になったら使ってくれ」
少年は袋を見た。
「どうして持ってきたの?」
男は少し考えた。
「返すものだと思ったから」
「誰かに言われた?」
「いや」
「じゃあ、自分で?」
「そうだ」
少年は何も言わなかった。
男は帰ろうとした。
そのとき、少年が呼び止めた。
「おじさん」
男が振り返る。
「……ありがとう」
男は少し驚いた。
「うん」
それだけ言って、歩いていった。
妹が袋を見た。
「開けていい?」
少年はうなずいた。
中には二人の服と、古い毛布、それから妹が以前使っていた小さな人形が入っていた。
妹は人形を抱きしめた。
少年は何も言わなかった。
以前の場所に戻らないことと、
以前の場所にあったものを全部捨てることは、
同じではなかった。




