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嘘の向こう側  作者: 亀


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第268章 信じる理由

翌日の朝、食料配給所の前に人が集まっていた。


いつもより多い。


透が近づくと、受付の前で二人の男が話しているのが見えた。


「だから、昨日の分を確認してほしいんです」


「何を確認するんですか?」


「誰に何を渡したのかです」


受付の女は記録をめくった。


「全部確認できます」


「本当に?」


「名前と数量なら」


「理由は?」


女は少し黙った。


「理由が書かれているものだけです」


男は納得していない顔をした。


「それじゃ意味がないでしょう」


「どうしてですか?」


「誰かが嘘をついていたら、記録だけ見ても分からないじゃないですか」


近くにいた人が振り返った。


「嘘をついているって、誰のこと?」


男は答えなかった。


受付の女も、すぐには聞かなかった。


やがて男が言った。


「昨日、二人分もらった人です」


透は足を止めた。


昨日の男だった。


「一人しか来ていなかったのに、二人分を受け取った」


「それは昨日も聞きました」


「だったら確認してください」


「何を?」


「本当に二人いたのか」


受付の女は記録を見た。


「記録には二人とあります」


「本人がそう言っただけでしょう?」


「そうですね」


「だったら嘘かもしれない」


「そうかもしれません」


男は苛立った。


「どうしてそんなに簡単に済ませるんですか?」


「済ませているわけではありません」


女は記録を閉じた。


「分からないものを、分からないと言っているだけです」


そのとき、後ろから声がした。


「二人いましたよ」


全員が振り返った。


昨日の男だった。


手には何も持っていない。


「昨日は、二人いました」


誰かが聞いた。


「家族ですか?」


男は少し考えた。


「……家族ではありません」


「じゃあ、誰?」


男は答えなかった。


しばらくして、


「一緒にいた人です」


と言った。


「今は?」


「いません」


「どこへ?」


「分かりません」


人々の間に、ざわめきが広がった。


最初に疑っていた男が言った。


「だったら、どうして二人分もらったんですか?」


昨日の男はその人を見た。


「一人分では足りなかったからです」


「二人いたから?」


「そうです」


「今はいないのに?」


「今はいません」


「じゃあ、嘘じゃないですか」


男は少しだけ目を伏せた。


「……あなたがそう思うなら」


それだけだった。


誰も、それ以上聞けなかった。


受付の女が記録を開いた。


昨日の記録には、二人分。


今日の記録には、一人分。


それだけだった。


「今日も一人分、受け取りますか?」


女が聞いた。


男はうなずいた。


「お願いします」


「理由は?」


「今日は一人だからです」


受付の女は、そのまま記録した。


誰も笑わなかった。


誰も謝らなかった。


ただ、昨日の記録と今日の記録が並んだ。


同じ人間なのに、数字が違っている。


それだけだった。


配給所を出たあと、透は先ほどの男に追いついた。


「昨日の人、本当に二人いたと思いますか?」


男は歩きながら答えた。


「分かりません」


「疑っていたんじゃないんですか?」


「疑ってました」


「今は?」


男は少し考えた。


「もっと分からなくなりました」


透は何も言わなかった。


男は続けた。


「でも、あの人が嘘をついていたとしても、今日一人分を渡すことまで間違いになるわけじゃないですよね」


「そうですね」


「逆に、本当に二人いたとしても、昨日の二人分が多すぎた可能性はある」


透は男を見る。


男は苦笑した。


「結局、何を信じればいいのか分からないです」


「だから、全部信じなくてもいいんじゃないですか」


透が言った。


男は少し驚いた顔をした。


「全部?」


「はい」


「じゃあ、何を信じるんです?」


透は少し考えた。


「今日、一人分を受け取ったこと」


男は黙った。


しばらく歩いてから、


「それなら、確認できますね」


と言った。


「たぶん」


透は答えた。


二人はそれ以上話さなかった。


配給所では、次の人が受付に立っていた。


昨日と同じように名前を言い、必要な数を伝えている。


その声の中には、昨日とは違う事情も混ざっているのだろう。


けれど、それを全部知る必要があるのか。


透には、まだ分からなかった。

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