↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘の向こう側  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

266/590

第266章 向いていない人

その翌週、配給所では仕事の割り振りについて、もう一度話し合いが行われた。


きっかけは、最近になって人の出入りが増えたことだった。


新しく来た人もいる。


別の場所へ移っていく人もいる。


一度離れて、また戻ってくる人もいた。


これまでの名簿だけでは、誰がどんな仕事をできるのか分からなくなっていた。


「最初に仕事を決めるとき、簡単な試験をしたらどうですか?」


若い男が言った。


「運搬なら重いものを持てるか」


「計算なら簡単な計算をしてもらう」


「料理なら実際に作ってもらう」


何人かが頷いた。


「それなら、向いている仕事が分かる」


「効率も上がる」


受付の男も黙って聞いていた。


やがて管理役が言った。


「反対の人は?」


一人の女性が手を挙げた。


「試験だけで決めるのは、少し怖いと思います」


「どうして?」


「その日の体調でも変わるからです」


「それなら、何回かやればいい」


「それでも分からないことがあります」


「例えば?」


女性は少し考えた。


「人と一緒にやったらできるけど、一人だとできない人とか」


誰もすぐには答えなかった。


「逆もあります」


彼女は続けた。


「人が見ていると緊張してできないけど、一人ならできる人もいる」


「それを全部考えていたら、仕事が決まりませんよ」


別の男が言った。


「だから、ある程度は決める必要がある」


「それは分かっています」


「じゃあ、何が問題なんですか?」


女性は答えた。


「一度決めたことを、その人自身まで信じてしまうことです」


会議室が静かになった。


「向いていないと判断された人が、自分でも向いていないと思うようになる」


「それは本人の問題でしょう」


「そうかもしれません」


女性は否定しなかった。


「でも、それだけではないと思います」


その場にいた人たちは、それぞれ違う顔をしていた。


やがて管理役が紙を一枚出した。


「では、こうしましょう」


仕事を決める。


ただし、名簿には「担当」とだけ書く。


「向いている」「向いていない」は書かない。


さらに、一週間後に本人が変更を希望できるようにする。


「これならどうですか?」


女性は頷いた。


「いいと思います」


会議はそれで終わった。


数日後、一人の青年が配給所に来た。


「仕事を探しています」


「何ができますか?」


受付の男が聞いた。


青年は困った顔をした。


「何も」


「何も?」


「前の場所では、何をしても長続きしなかったので」


「どんな仕事をしました?」


「運搬、清掃、調理、修理……」


「全部?」


「はい」


「できなかった?」


青年は少し黙った。


「できたものもあります」


「じゃあ、どうして長続きしなかったんですか?」


「人に向いてないと言われました」


受付の男は黙った。


「何の仕事が?」


「全部です」


青年は笑った。


「だから、自分でも何ができるのか分からなくなりました」


受付の男は少し考えた。


「じゃあ、今日は仕事を決めないでおきます」


青年が顔を上げる。


「え?」


「半日ずつ、いくつか見てみませんか」


「そんなこと、していいんですか?」


「今は試しているところなので」


青年は少し迷った。


「……じゃあ、やってみます」


最初は倉庫だった。


箱を運ぶ。


青年は黙々と作業した。


次に受付。


数字を間違えた。


調理では、包丁の扱いが妙に上手かった。


「料理、したことあるんですか?」


「昔、家でやってました」


「上手ですね」


「そうですか?」


青年は驚いたような顔をした。


「向いてるかもしれませんね」


受付の男が言った。


青年はすぐには喜ばなかった。


「……本当に?」


「少なくとも、今日の料理はおいしかったです」


青年は少し笑った。


夕方、彼は帰る前に聞いた。


「明日も来ていいですか?」


「もちろん」


「じゃあ、調理をやってみたいです」


「分かりました」


青年は帰っていった。


その様子を見ていた透に、彼女が言った。


「今日の人、面白かったね」


「うん」


「最初は何もできないと言ってた」


「でも、料理はできた」


「本人も知らなかったのかもしれない」


透は少し考えた。


「知っていたけど、自分のものだと思っていなかったのかもしれない」


彼女は透を見る。


「どういう意味?」


「できることがあっても、誰かに認められないと、自分ではできるとは思えないことがある」


「……そうかもしれないね」


二人は青年が帰っていった道を見た。


しばらくして、彼女が言った。


「でも、逆もあるよ」


「逆?」


「誰かに『できる』と言われたからって、本当にできるとは限らない」


透は頷いた。


「そうだね」


「だから結局、自分でやってみるしかない」


「うん」


彼女は笑った。


「面倒だね、人間って」


透も少し笑った。


「簡単じゃないね」


その日の夜、新しい名簿が貼られた。


青年の名前の横には、


「調理補助」


と書かれていた。


その下に、小さく、


「本人希望」


と付け加えられていた。


誰かが決めた仕事ではなかった。


本人が選んだ仕事だった。


それでも、それが本当に向いているのかどうかは、


まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。