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嘘の向こう側  作者: 亀


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第264章 できると言った人

翌朝、受付補助になった男は、少し早く来ていた。


昨日まで運搬に使っていた手袋を外し、受付の机に置いた。


「これ、もういらないですよね」


受付の女性が手袋を見る。


「どうする?」


「返します」


「まだ使えるよ」


「でも、運搬しないので」


「別の人が使えるかもしれない」


「じゃあ、置いておきます」


男は手袋を机の端に置いた。


その日の午前中、受付の仕事は思ったより忙しかった。


人が次々に来る。


名前を確認する。


人数を確認する。


配給量を確認する。


間違えないように書く。


男は何度か数字を間違えた。


「すみません」


「大丈夫」


「また間違えました」


「最初はみんな間違えるよ」


「でも、俺、計算苦手なんで」


「昨日、自分で言ってたね」


男は苦笑した。


「だから受付は無理だと思ってました」


「じゃあ、どうして来たの?」


「運搬よりはいいかなって」


「それだけ?」


男は少し黙った。


「……誰かに、できるって言われたから」


女性は笑った。


「じゃあ、今日はそれを信じてみればいい」


男は頷いた。


昼頃、別の男性が受付に来た。


「この人、受付なんですか?」


「今日から補助です」


「でも、昨日まで運搬してた人ですよね」


「そうです」


男性は男を見た。


「じゃあ、計算できるんですか?」


「まだ練習中です」


「大丈夫かな」


男は何も言わなかった。


その男性が帰ったあと、男は小さく息を吐いた。


「やっぱり、向いてないのかな」


受付の女性は答えなかった。


「どうしてそう思うの?」


「今の人が、そういう顔をしてたから」


「顔だけで分かる?」


「分かりません」


「じゃあ、まだ決めなくていい」


男は黙った。


その日の午後、配給量の計算で少し大きな間違いが見つかった。


一人分多く渡してしまっていた。


管理役が帳簿を見る。


「誰が計算した?」


男が手を挙げた。


「俺です」


「どうして間違えた?」


「人数を一人多く数えました」


「確認した?」


「しました」


「じゃあ、どうして?」


男は答えられなかった。


管理役はしばらく黙った。


「次から、二人で確認しよう」


男は頷いた。


「すみません」


「謝る必要はある。でも、それだけで終わらせるな」


「はい」


「次に間違えない方法を考えよう」


男は帳簿を見た。


「名前を書くところと、人数を書くところが近すぎます」


「どういうこと?」


「目が滑ります」


受付の女性が帳簿を見た。


「確かに」


「だから、人数を別の欄にしたらいいと思います」


管理役が頷いた。


「やってみよう」


男は少し驚いた顔をした。


「いいんですか?」


「間違えた本人のほうが、原因を分かってることもある」


その言葉を聞いて、男は黙った。


しばらくしてから、


「じゃあ、書き直してみます」


と言った。


夕方、彼女が透に言った。


「昨日まで、あの人は運搬ができる人だった」


「うん」


「今日は、計算を間違えた人になった」


「うん」


「でも、その間違いから帳簿を変えることになった」


透は少し考えた。


「できることと、できないことは、同じ人の中にあるんだね」


「そうだね」


「昨日まで知らなかっただけかもしれない」


彼女は頷いた。


「人って、最初に貼られた名前を、ずっと貼り続けるのかもしれない」


「自分でも?」


「自分でも」


二人は受付の机を見た。


そこには、昨日まで運搬用だった手袋が置かれていた。


誰もそれを捨ててはいなかった。


男も、それを持って帰ろうとはしなかった。


ただ、そこに置かれていた。


そして翌朝、別の人がその手袋を使うことになった。


その人は、男が以前どんな仕事をしていたのかを知らなかった。


ただ、


「これ、使っていいですか」


と聞いただけだった。


「どうぞ」


男は答えた。


そして今度は、


自分が誰かの仕事を決める側にはならなかった。

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