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嘘の向こう側  作者: 亀


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第263章 決められた人

配給所の仕事が少し落ち着いた頃、新しい問題が出てきた。


人手が足りなかった。


物資を運ぶ人。


倉庫を整理する人。


食事を作る人。


水を運ぶ人。


仕事はいくらでもあった。


これまでは、その日に来た人の中から、必要な仕事を割り振っていた。


ところが、最近は人数が増えてきた。


「毎回、その場で決めるのは無理じゃない?」


若い男が言った。


「昨日も同じ人が重い荷物を運んでた」


別の男が続ける。


「できる人に頼んだほうが早い」


「じゃあ、最初から担当を決めればいい」


そう言って、壁に一枚の紙が貼られた。


そこには、人の名前と担当する仕事が書かれていた。


倉庫。


調理。


運搬。


清掃。


受付。


「これ、誰が決めたんですか?」


女性が聞いた。


「管理側で話し合った」


「本人には聞いた?」


「全員には聞いてない」


「どうして?」


「仕事を回すため」


女性は紙を見た。


「この人、運搬になってるけど、腰を悪くしてますよ」


「本人が言ってないから」


「言わなかったら、できることになるんですか?」


男は困ったように笑った。


「じゃあ、本人に聞けばいい」


その日の午後、名前を書かれた男性が呼ばれた。


「運搬をお願いしたい」


「分かりました」


男はすぐに答えた。


「大丈夫です」


「腰、大丈夫?」


「はい」


「無理なら言ってください」


「本当に大丈夫です」


そのまま仕事に向かった。


透はその様子を見ていた。


夕方になって、男が戻ってきた。


歩き方が少し変だった。


「大丈夫?」


彼女が聞いた。


「大丈夫です」


「本当に?」


「はい」


男は笑った。


その夜、倉庫の裏で一人になった男は、腰を押さえていた。


そこへ、別の男性が来た。


「痛い?」


「少し」


「少しじゃないだろ」


「言ったら、仕事を外される」


「外されていいだろ」


「外されたら、次の仕事がなくなるかもしれない」


「でも、このままだと悪くなる」


男は黙った。


「俺、働けるところがあるって思われてるほうがいいんだ」


「誰に?」


「みんなに」


「それだけ?」


男は少し考えた。


「自分にも」


その言葉を、透は少し離れたところで聞いていた。


二人は透に気づいていなかった。


翌朝、男はまた運搬の仕事に入った。


しかし、途中で動けなくなった。


荷物を置き、その場に座り込んだ。


周囲が集まってくる。


「大丈夫か?」


「大丈夫です」


「救護所に行こう」


「大丈夫です」


「もういいから」


男は首を振った。


「仕事を続けます」


その時、管理役の男が来た。


「何があった?」


誰もすぐには答えなかった。


しばらくして、昨日から一緒に働いていた男が言った。


「腰が悪いみたいです」


管理役が本人を見る。


「本当か?」


男は黙った。


「……はい」


「どうして言わなかった?」


男は答えなかった。


管理役は少し考えた。


「今日から運搬は外そう」


男の顔が変わった。


「待ってください」


「危ない」


「でも、働けます」


「働けるかどうかじゃない」


「じゃあ、何をすればいいんですか?」


管理役は答えられなかった。


男は立ち上がろうとした。


「俺は、何もできない人になりたくないんです」


その言葉に、周囲が静かになった。


誰も笑わなかった。


誰も責めなかった。


ただ、誰もすぐには返事ができなかった。


しばらくして、受付の女性が言った。


「じゃあ、受付を手伝ってみますか?」


男が顔を上げる。


「受付?」


「座ってできる仕事もあります」


「でも、俺、計算は苦手です」


「最初は私が教えます」


男はしばらく黙った。


「……できますかね」


「やってみないと分からないですよ」


男は小さく笑った。


「じゃあ、やってみます」


その日の夕方、壁の紙が書き換えられた。


名前の横にあった「運搬」という文字が消された。


その代わりに、


「受付補助」


と書かれた。


透はその紙を見ていた。


昨日まで、男は「運搬ができる人」だった。


今日からは「受付を手伝う人」になった。


けれど、本人は昨日と今日で別人になったわけではない。


ただ、周囲が見ている部分が変わっただけだった。


彼女が横から言った。


「人って、名前だけじゃなくて、仕事でも決められるんだね」


透は紙を見た。


「うん」


「でも、決められたほうも、それを信じてしまう」


透は少し考えた。


「自分でそう思ってる場合もある」


「そうだね」


二人はそのまま歩き出した。


壁には、まだ新しい名簿が貼られていた。


そこには人の名前と仕事が並んでいた。


けれど、


その紙に書かれていない仕事をしている人も、


その紙に書かれた仕事ができない人も、


その紙を見るまでは誰にも分からなかった。

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