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嘘の向こう側  作者: 亀


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第二十六章 同じ場所にいた人

その日の夜。


透は、昼間に見た名簿のことを思い出していた。


元同僚の名前。


それは、彼が以前から知っていた名前だった。


だが、今日初めて分かった。


彼は、弟と同じ会社で働く前に、別の場所でも同じ仕事に関わっていた。


それだけなら、偶然かもしれない。


透は机の上に紙を並べた。


古い会社。


現在の会社。


北側物流。


南区。


そして、元同僚。


線を引こうとして、手を止める。


まだ確定していない。


だから、今日も線は引かなかった。


代わりに、名前の横へ小さく書いた。


同じ場所にいた可能性。


端末が鳴った。


元同僚からだった。


『今日、あの建物へ行った?』


透は画面を見つめた。


なぜ知っているのか。


「はい」


少し間を置いてから返信する。


『どうして分かったんですか?』


しばらく返事は来なかった。


その後、


『あそこには、たまに昔の人間が来るから』


とだけ返ってきた。


透はさらに聞いた。


『あなたも行ったことがありますか?』


今度はすぐに返事が来た。


『ある』


透は画面を見たまま、しばらく動かなかった。


『弟さんと一緒に?』


既読はつかなかった。


数分後、


『それは答えたくない』


と返ってきた。


透は端末を置いた。


以前なら、ここで何度も質問していただろう。


しかし今は、答えないという選択も情報の一つだと思える。


それは、何かを隠している証拠とは限らない。


答えたくないだけかもしれない。


答えられないのかもしれない。


答えることで誰かに影響が出るのかもしれない。


あるいは、自分でも整理できていないのかもしれない。


翌日の昼。


透は女と会った。


駅前の小さな喫茶店だった。


彼女は席に着くと、すぐに言った。


「弟の会社について、少し分かった」


「僕もです」


「何が?」


「昔の会社と、今の会社が同じ住所を使っていた」


彼女は頷いた。


「私もそこを見つけた」


「それと、昔の従業員名簿を見ました」


「誰かいた?」


透は少し考えた。


「元同僚の名前がありました」


女は驚いた。


「彼が?」


「はい」


「弟も?」


「それは確認していません」


女は黙った。


しばらくして、彼女は言った。


「弟がそこへ行ったことは、たぶんある」


「たぶん?」


「古い写真が一枚ある」


彼女は端末を取り出した。


写真には、古い建物の前に何人かの人間が立っていた。


顔は小さく、はっきりしない。


だが、背景は見覚えがある。


昼間、透が訪れた建物だった。


「この写真、いつのものですか?」


「弟が会社に入って一年くらいの時」


「元同僚もいますね」


「うん」


透は写真を拡大した。


一番端に、知らない男が立っている。


その男だけ、社員の列から少し離れていた。


「この人は?」


「知らない」


「弟さんに聞かなかった?」


「聞いたけど、教えてくれなかった」


透は画面を見つめた。


また同じだった。


知らない。


教えない。


隠す。


けれど、その理由は一つではない。


女が写真を閉じた。


「昨日、あなたが言っていたこと、少し分かった気がする」


「何ですか?」


「弟を探すことと、弟のことを全部知ることは、同じじゃない」


透は黙った。


「私はずっと、弟について知らないことがあるのが嫌だった」


「はい」


「でも、知らないことがあるからといって、全部を暴けばいいわけじゃない」


彼女はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。


「ただ、知っておかなければならないこともある」


「どうやって区別しますか?」


「分からない」


二人とも少し笑った。


その時、店の入口のベルが鳴った。


透は何気なく入口を見る。


元同僚だった。


男も二人を見つけた。


しかし、すぐには近づいてこなかった。


数秒後、彼は別の席へ座った。


女が小さな声で言った。


「偶然?」


「分かりません」


元同僚は注文を済ませた。


それから二人の方を見ることもなく、窓の外を眺めていた。


透は声をかけなかった。


しばらくして、男が立ち上がった。


帰る前に、二人の席の横を通った。


そして小さな声で言った。


「写真を見たなら、あの人間を探さない方がいい」


透は振り返った。


「どうしてですか?」


男は足を止めなかった。


「その人は、南区に行ったことがない」


「では、なぜ写真に?」


男は答えなかった。


店を出ていく。


透と女は顔を見合わせた。


「行ったことがないのに、あの場所にいた」


女が呟いた。


透は写真をもう一度開いた。


「もしかしたら、南区と関係があるのは、人じゃないのかもしれません」


「じゃあ、何?」


透は写真の背景を拡大した。


建物の横に、小さな看板がある。


古い文字で、


第七管理室


と書かれていた。


透は画面を止めた。


南区第七居住棟。


北側物流。


N―07。


そして、第七管理室。


全部が同じものを指しているとは限らない。


それでも、同じ「七」が何度も現れる。


透は写真を保存した。


「明日、ここを調べます」


女は頷いた。


「一緒に?」


透は少し考えた。


「……別々に行きませんか」


女は意外そうな顔をした。


「どうして?」


「同じ場所を、同じ時間に見ない方がいい気がします」


彼女はしばらく考えた。


それから、


「分かった」


と答えた。


店を出る。


駅前で二人は別れた。


透は一人で歩きながら、写真をもう一度確認した。


第七管理室。


その言葉の下に、さらに小さな文字があった。


関係者以外立入禁止。


透はそこで初めて気づいた。


その看板は、


南区第七居住棟の入口にあったものと、


ほとんど同じだった。

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