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嘘の向こう側  作者: 亀


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第251章 別の人の答え

翌朝、倉庫のファイルは元の場所に戻されていた。


透はそれを知らなかった。


昨日見つかった紙についても、管理担当の男から何も聞かされなかった。


仕事はいつも通り始まった。


午前中、別の部署から一人の女性がやってきた。


「すみません。この記録、確認したいんですけど」


彼女は古いファイルを抱えていた。


管理担当の男が受け取る。


「どの記録?」


「四年前の物資配布です」


男の表情が少し変わった。


「何かありました?」


「数字が合わなくて」


女性は一枚の紙を取り出した。


「こちらでは二十九人になっています」


「こっちは二十八人」


「はい」


「どっちが正しいんですか?」


女性は首を横に振った。


「分かりません」


透は少し離れた場所で作業をしていた。


二人の会話が聞こえてくる。


「じゃあ、確認できない?」


「別の資料があれば確認できるかもしれません」


「別の資料?」


「当時の担当者が書いたメモとか、受け取った人の記録とか」


「残ってるか分からないよ」


「だから探してます」


女性は淡々と言った。


管理担当の男はファイルを閉じた。


「分かった。こっちでも探します」


女性は礼を言って帰っていった。


昼休み。


透は食堂で一人で食事をしていた。


昨日までなら、あの女性が何を探しているのか気になっていたかもしれない。


今日は少しだけ気になった。


けれど、自分に必要なことではない。


そう思って箸を進めた。


午後になって、管理担当の男が透を呼んだ。


「ちょっといい?」


「はい」


「昨日の名前のことなんだけど」


「うん」


「一人、心当たりがあるかもしれない」


透は顔を上げた。


「誰ですか?」


「まだ分からない」


男は一枚の古い写真を見せた。


何人かの人間が、物資配布所の前に並んでいる。


写真の端に、一人の男性が写っていた。


顔はよく見えない。


背を向けている。


「この人」


男が指を差した。


「名簿では、あの名前になってる」


「本人?」


「分からない」


また同じ言葉だった。


透は写真を見た。


名前と写真。


記録と記憶。


どちらも残っている。


それでも、本人だとは言えない。


「この写真を撮った人は?」


「分からない」


「撮影した日付は?」


「書いてない」


透は写真を返した。


「じゃあ、まだ分からないですね」


「ああ」


男は少し笑った。


「お前、最近そう言うようになったな」


「そう?」


「前なら、もっと何か聞いてた」


透は少し考えた。


「必要なら聞くよ」


「必要じゃなければ?」


「分からないままにしておく」


男は何も言わなかった。


夕方。


会社を出ると、駅前に小さな掲示板があった。


新しい紙が一枚貼られている。


『古い記録をお持ちの方へ』


その下に、


『過去の物資配布に関する資料を確認しています。』


と書かれていた。


透は立ち止まった。


さらに下には、


『資料の内容が現在の記録と異なる場合があります。』


とある。


その文章を見て、透は少しだけ笑った。


違っている。


それだけで、どちらかが嘘をついたとは限らない。


彼はそのまま駅へ向かった。


電車に乗ってしばらくすると、彼女からメッセージが来た。


『今、帰ってる』


『俺も』


『今日はどうだった?』


透は少し考えてから、


『古い記録を見た』


と送った。


しばらくして返信が来た。


『何か分かった?』


透は画面を見つめた。


『まだ分からない』


送信する。


少しして、


『そっか』


と返ってきた。


それから、もう一通。


『でも、分からないって言えるようになったね』


透はその文章をしばらく見ていた。


以前なら、何か答えを探しただろう。


今は違った。


『そうかもしれない』


そう返信した。


夜。


彼女と駅で合流した。


「今日は何食べる?」


「何でもいいよ」


「それ、困る」


「じゃあ、そっちが決めて」


「私が決めたら文句言わない?」


「たぶん」


彼女は笑った。


「その“たぶん”も便利になったね」


「そう?」


「うん」


二人は駅の近くの小さな店に入った。


注文を終えてから、彼女が言った。


「昔の記録って、怖いね」


「どうして?」


「残ってるから」


透は黙って聞いた。


「忘れてしまえば、それで終わることもあるでしょう」


「うん」


「でも、記録があると、後から誰かが見つける」


「そうだね」


「その人は、そこに書いてあることを本当だと思うかもしれない」


透は少し考えた。


「でも、書いた人も、本当だと思って書いたかもしれない」


「うん」


「それでも間違ってるかもしれない」


彼女は頷いた。


「だから怖い」


料理が運ばれてきた。


二人はしばらく食べた。


やがて彼女が言った。


「それでも、記録がないよりはいいと思う」


透は顔を上げた。


「どうして?」


「後から考えられるから」


彼女は箸を置いた。


「間違ってるかもしれない。でも、考える材料にはなるでしょう」


透はその言葉を聞いていた。


記録は真実そのものではない。


でも、何もないわけでもない。


その間にあるものを、どう扱うか。


それもまた、人間が決めることなのかもしれない。


店を出ると、夜風が少し冷たかった。


「じゃあ、また明日」


「うん」


二人は別々の方向へ歩き出した。


透は数歩進んでから、振り返った。


彼女はもう見えなかった。


それでも、さっきまで一緒にいたことは分かる。


記録がなくても。


写真がなくても。


名前がなくても。


それは、透自身が覚えていることだった。

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