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嘘の向こう側  作者: 亀


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第242章 破られたページ

翌朝、配給所の帳簿から一枚のページがなくなっていた。


管理の女性は、前日の夜に破り取ったことを誰にも話さなかった。


代わりに、新しい紙を一枚挟んだ。


「昨日分、再確認中」


それだけだった。


朝の配給が始まると、いつものように人が集まった。


「今日は何個まで?」


「一つです」


「昨日は?」


「昨日は二つでした」


「じゃあ、今日は減ったんだ」


「そうですね」


「どうして?」


管理の女性は少し考えた。


「まだ決まっていないので」


「でも、今は一つなんでしょう?」


「はい」


その答えに、男は納得したような、していないような顔をした。


列の後ろから、若い女性が声をかけた。


「昨日の名前の人、分かったんですか?」


管理の女性の手が止まった。


「名前の人?」


「三つ持っていった人です」


「まだ分かっていません」


「でも、名前が出てましたよね」


「名前があることと、本人が確認できたことは別です」


女性は少し黙った。


「そうなんですか」


「はい」


それ以上は聞かなかった。


昼過ぎ。


透の職場に、見慣れない女性が来た。


年齢は三十代くらいだった。


短い髪に、古いリュックを背負っている。


「すみません」


彼女は事務所の入口から声をかけた。


「この人、ここで働いていませんか?」


手には紙が一枚あった。


透が見ると、そこには昨日から広がっている名前が書かれていた。


「知りません」


事務員が答える。


「そうですか」


女性は紙を折りたたんだ。


「以前、この辺で働いていたと聞いたんですが」


「名前だけでは分からないですね」


「そうですよね」


女性は笑った。


「失礼しました」


帰ろうとしたところで、透が声をかけた。


「その人を探しているんですか?」


女性は振り返った。


「はい」


「知り合いですか?」


少し間があった。


「昔の知り合いです」


「どうして探してるんですか?」


女性は答えなかった。


代わりに、


「生きているか確認したいだけです」


と言った。


その言葉だけを残して、女性は出ていった。


同僚が透の隣に来た。


「何だったんだろうね」


「分からない」


「昨日の三つ持っていった人と関係あるのかな」


「分からない」


「またそれ?」


「うん」


同僚は笑った。


「最近、そればっかりだな」


透も笑った。


夕方。


透は配給所へ向かった。


管理の女性に、昼間の女性のことを話すか迷った。


結局、話さなかった。


自分が見たものは、自分が必要だと思った範囲で持っていればいい。


そう思った。


配給所の前では、昨日の工具を持っていた男性が、壊れた棚を直していた。


「手伝おうか?」


透が聞くと、


「大丈夫」


と返ってきた。


「一人でできる?」


「できるかどうかは、やってみないと分からない」


男性はそう言って、工具を動かした。


しばらくして、棚の脚が固定された。


「できた」


「よかったですね」


「うん」


男性は棚の中に古い箱を戻した。


「ところで」


透が言った。


「昨日の名前の人、知ってますか?」


男性は少し考えた。


「直接は知らない」


「でも、名前は知っている」


「そう」


「どこで見たんですか?」


男性は工具を片付けた。


「昔の名簿」


「昔の?」


「この辺で働いてた人の名簿」


「まだ持ってるんですか?」


「持ってない。見ただけ」


「いつ?」


「何年か前」


透は黙った。


「だから、昨日三つ持っていった人とは限らないよ」


男性は言った。


「名前が同じだけかもしれない」


その夜。


管理の女性は、一枚の紙を机の上に置いていた。


昼間、探しに来た女性が置いていったものだった。


そこには住所が書かれていた。


配給所から歩いて十五分ほどの場所。


その下には、名前。


そして、小さく、


「ここにいた」


とだけ書かれている。


管理の女性は、その紙を封筒に入れた。


捨てることはしなかった。


翌朝。


透の職場に、昨日の女性から電話が入った。


事務員が受けた。


「はい。……はい。分かりました」


電話を切ったあと、事務員は周囲を見回した。


「朝倉さん」


「はい」


「昨日の女性からです」


透が振り返る。


「僕に?」


「直接話したいそうです」


透は少し考えた。


そして、電話の横に置かれていた紙を見る。


そこには、昨日と同じ名前が書かれていた。


ただ、その名前の横に、別の文字が追加されていた。


「生存確認済み」


誰が書いたのかは、分からなかった。

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