第239章 知らない二人
店を出ると、夜の通りは静かだった。
駅前の明かりはまだついていたが、以前より店の数は少ない。
閉まったままの店も多い。
彼女は歩きながら、さっきの店の袋を持っていた。
「少し多かったね」
「何が?」
「料理」
「食べきれなかった?」
「食べられるよ」
そう言って、彼女は袋を軽く振った。
「明日の朝にする」
「じゃあ、明日の朝ごはんだね」
「そう」
二人はそのまま駅とは反対方向へ歩いた。
途中、小さな広場に人が集まっていた。
何かを配っているらしい。
「寄ってみる?」
彼女が言った。
「うん」
近づくと、机の上に古着や日用品が並べられていた。
「自由に持っていってください」
紙にそう書かれている。
ただ、その下に小さく、
「一人三点まで」
とも書かれていた。
「自由なのに三点までなんだ」
彼女が笑った。
「自由にも限界があるんじゃない?」
「それはそうかも」
二人は並んでいる物を見る。
古いシャツ。
タオル。
小さな鍋。
電池。
使いかけの洗剤。
古い本。
その中に、透は見覚えのある種類の工具を見つけた。
「これ、会社にもあった」
「同じもの?」
「たぶん」
透は手に取った。
古いが、まだ使えそうだった。
そのとき、横から男性が声をかけてきた。
「それ、俺が探してたやつだ」
透が顔を上げる。
「これですか?」
「そう。それと同じ形のやつ」
男性は工具を指差した。
「前に使ってたんだけど、なくしてね」
「これが?」
「いや、これが自分のものだとは言ってないよ」
男性は笑った。
「ただ、似てるだけ」
透は工具を戻した。
「そうですか」
男性はしばらく眺めたあと、別の工具を取った。
「こっちでいいや」
「それも同じ形ですね」
「うん。でも、こっちのほうが古い」
「古いほうでいいんですか?」
「使えればいいから」
男性は三点選び、受付へ向かった。
透も工具を一つ取った。
彼女は古い本を二冊選んだ。
「三点までなのに二冊?」
「あと一つは残しておく」
「誰かのため?」
「そういうわけじゃない」
彼女は笑った。
「欲しいものが二つしかなかっただけ」
広場を出たあと、透は工具を見た。
「結局、あの人が探してたものとは違ったね」
「そうだね」
「でも、あの人はそれでよかった」
「うん」
しばらく歩いていると、彼女が突然言った。
「さっきの店」
「うん」
「店員さん、私たちのこと知らないよね」
「知らないと思う」
「それなのに二人ですって言ったら、二人だと思った」
「そうだね」
「もし三人だったら?」
「三人って言うんじゃない?」
彼女は笑った。
「そういうところ、少し変わったよね」
「また?」
「うん」
「何が?」
「前なら、たぶん理由を考えてた」
透は少し考えた。
「今でも考えるよ」
「でも、聞かない」
「聞く必要がなければね」
彼女は頷いた。
「それでいいと思う」
二人は駅の近くまで戻った。
そこで、さっきの広場にいた男性と再び会った。
男性は工具を袋から出して、街灯の下で確認していた。
「使えそう?」
透が聞いた。
「たぶん」
「前に使ってたものとは違う?」
「違う」
「それでもいい?」
「俺が使うんだから、俺が決めるよ」
男性は笑った。
「そうだね」
透は頷いた。
男性が帰ったあと、彼女が言った。
「今の人、ちょっと好きかも」
「どうして?」
「自分で決めてたから」
透は何も言わなかった。
駅の階段を上がる。
改札の前で、彼女が立ち止まった。
「明日、時間ある?」
「あるよ」
「じゃあ、少し遠くまで行こう」
「どこに?」
「まだ決めてない」
透は笑った。
「分かった」
「それだけ?」
「うん」
「聞かないの?」
「明日になれば分かるでしょう」
彼女は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「本当に変わったね」
透も笑った。
「まだ、よく分からないけどね」
二人は別々の改札へ向かった。
翌朝。
昨夜の広場には、もう一つの紙が貼られていた。
「本日から、持ち帰りは一人二点まで」
その下に、誰が決めたのか分からない小さな文字があった。
「昨日、三点持って帰った人がいました」
その紙を見た人たちは、少しずつ違うことを話し始めた。
「誰かが取りすぎたんだ」
「昨日は三点までだったでしょう」
「じゃあ、何が問題なの?」
「分からない」
そして、誰もその紙を剥がさなかった。




