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嘘の向こう側  作者: 亀


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第233章 知らないほうがいいこと

翌朝、配給所の前には、いつもと違う紙が貼られていた。


「本日の配布について」


その下に、細かい文字が並んでいる。


一人につき二点まで。


ただし、医療用品については必要数を申告すること。


乾電池については、使用目的を確認する場合がある。


透はそこまで読んで、紙から目を離した。


昨日までとは少し違う。


けれど、何が変わったのかまでは分からなかった。


列の前では、昨日の三人が話していた。


「これ、昨日より厳しくない?」


「数が減ったから仕方ないよ」


「でも、必要な人はどうするの?」


「必要な理由を言えばいい」


「言いたくない人もいるでしょう」


「それは……」


三人は顔を見合わせた。


そのとき、列の後ろから声がした。


「昨日の人なら、こんなこと聞かなかったよ」


昨日も聞いた言葉だった。


何人かが頷いた。


その中に、透が昨日見た女性もいた。


女性は何も言わなかった。


ただ、配給所の奥を見ていた。


やがて、昨日の男が現れた。


手には小さな箱を持っている。


「今日はこれだけです」


人々の視線が集まった。


「どれくらいあるの?」


「分からないけど、昨日より少ないです」


「じゃあ、どうして配るの?」


男は少し笑った。


「必要な人がいるから」


その答えに、何人かが笑った。


「当たり前じゃない」


「そうですね」


男も笑った。


昨日と同じだった。


透はその様子を見ていた。


誰かが男に近づいた。


「昨日、明日もあるって言ってたよね」


男は少し黙った。


「はい」


「嘘だったの?」


周囲が静かになった。


男はすぐには答えなかった。


「……そうかもしれません」


意外な答えだった。


「かもしれない?」


「昨日は、あると思ってました」


「でも、なかった」


「はい」


「じゃあ、嘘でしょう」


男は困ったように笑った。


「そうですね」


それ以上、言わなかった。


女性が小さく息を吐いた。


「ほらね」


隣にいた人が聞いた。


「何が?」


「やっぱり、あの人も分かってなかったんだよ」


「どういう意味?」


「分からないけど……」


女性はそこで言葉を止めた。


透は少し離れた場所で、その会話を聞いていた。


男は配給を続けていた。


二つ。


三つ。


必要な人には三つ渡すこともあった。


誰かが理由を尋ねると、


「今日はこれが必要だと思ったので」


と答える。


その基準は、紙には書かれていなかった。


昼過ぎ。


配給所の裏で、二人の男性が話していた。


「また勝手に三つ渡した」


「必要だったんだろ」


「基準がない」


「基準を作ったら、今度は基準から外れた人が困る」


「じゃあ、どうする?」


「知らない」


透はその会話を聞きながら通り過ぎた。


その日の夜。


彼女と会った。


「今日はどうだった?」


「昨日より、人が少し怒ってた」


「配給所?」


「うん」


「あなたは?」


「俺は何もしてないよ」


「見てただけ?」


「うん」


彼女は少し笑った。


「最近、本当に見てるね」


「前は?」


「すぐ中に入ろうとしてた」


透も少し笑った。


「今日は入る理由がなかったから」


二人はしばらく歩いた。


駅前の交差点で、彼女が突然言った。


「ねえ」


「うん」


「人に知らないほうがいいことって、あると思う?」


透は考えた。


「あると思う」


「例えば?」


「……今は思いつかない」


「じゃあ、知らないほうがいいことがあるかどうかも分からないね」


「そうだね」


彼女は笑った。


「でも、私にはあるよ」


透は彼女を見る。


「何?」


「それは言わない」


「分かった」


「聞かないの?」


「聞いたら教えてくれる?」


「たぶん教えない」


「じゃあ聞いても意味ないね」


二人は笑った。


その夜遅く。


配給所では、昨日の三人が帳簿を確認していた。


一人が数字を指で追った。


「おかしい」


「何が?」


「昨日の配布数と、倉庫から出た数が合わない」


「記録ミスじゃない?」


「そうかもしれない」


「じゃあ直しておけばいい」


「でも、誰が持っていったか分からない」


三人は黙った。


しばらくして、一人が言った。


「昨日の彼じゃないの?」


全員が同じ方向を見た。


倉庫の奥に、昨日の男がいた。


箱を一つ運んでいる。


「何してるの?」


男は振り返った。


「これ、別の場所に持っていく」


「何のために?」


「頼まれたから」


「誰に?」


男は少し考えた。


「……それは言わないほうがいいと思う」


三人は顔を見合わせた。


男は箱を抱え直した。


「明日、分かるから」


その言葉を聞いた一人が、苦笑した。


「また『明日』か」


男も笑った。


「そうだね」


そして倉庫を出ていった。


三人は追わなかった。


ただ、机の上に残った帳簿をもう一度見た。


そこには、一つだけ数字が合わない欄があった。


けれど、それが間違いなのか。


誰かが隠しているのか。


それとも、別の場所で同じ数だけ何かが動いているのか。


その夜には、まだ誰にも分からなかった。

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