第二百二十六章 置き場所
月曜日の朝、会社の倉庫で棚の整理が始まった。
古い箱がいくつも床に並べられている。
「これはどこに置く?」
一人が箱を持ち上げた。
「こっちの棚でいいんじゃない?」
「そこ、もういっぱいだよ」
「じゃあ、奥」
「奥だと取りにくい」
誰もすぐには決められなかった。
棚には工具、部品、古い書類、使われなくなった機械の付属品まで混ざっている。
「一回、全部出したほうがいいんじゃない?」
誰かが言った。
「全部?」
「そう」
「今日中に終わらないよ」
「じゃあ、必要なところだけ」
結局、使うものだけ手前に置き、使用頻度の低いものは奥へ移すことになった。
透は一つの箱を持ち上げた。
中には古い作業用手袋が入っていた。
「これ、まだ使える?」
「たぶん」
隣にいた社員が一双取り出す。
「破れてないな」
「じゃあ残す?」
「予備にはなる」
箱は棚の端に置かれた。
昼休み、別の部署の人が倉庫へ来た。
「あの工具、ここにありませんか?」
「どれ?」
名前を聞いても、誰も分からない。
男性が手で形を作った。
「こういうやつです」
透が棚を見る。
「これじゃないですか?」
「それです」
男性は工具を受け取った。
「ありがとうございます」
「どこに置いてあったか、分かりました?」
「昨日探したんですが、見つからなくて」
「場所が変わったんですよ」
「そうだったんですね」
男性は工具を持って帰っていった。
午後、朝から整理していた棚を見ると、少しだけ空間ができていた。
けれど、どこに何があるかはまだ完全には覚えられない。
同僚が言った。
「場所を変えると、最初は分からなくなるな」
「前の場所のほうが分かりやすかった?」
「慣れてただけかもしれない」
透は棚を見た。
置き場所が変わる。
人が変わる。
仕事が変わる。
それだけで、同じものでも見つけにくくなる。
帰り道、透は商店街の小さな本屋に寄った。
店内の棚が以前とは違っていた。
「配置変わったんですか?」
店主に聞く。
「うん。先週変えた」
「前のほうが探しやすかったです」
「そう言う人もいる」
店主は笑った。
「でも、新しい場所に慣れる人もいるからね」
透は目的の本を探した。
しばらくして見つけた。
場所が変わっていても、本そのものは変わっていなかった。
家に帰ると、彼女から連絡が来た。
「今日、本棚の位置を変えた」
「また?」
「また」
「前の場所は?」
「空いた」
「何か置くの?」
「まだ決めてない」
「じゃあ、空いてるんだ」
「うん」
少し間があった。
「空いてる場所って、何かを置かなきゃいけないのかな」
彼女が言った。
透は考えた。
「別に、空けておいてもいいんじゃない?」
「そうだね」
電話を切ったあと、透は部屋を見回した。
家具の位置も、物の置き場所も、昨日までと同じとは限らない。
それでも、全部を元に戻す必要はない。
空いている場所があれば、そこには何も置かないという選択もできる。
透は机の上に何も置かず、そのままにした。




